大学事典 「教育経済学」の解説
教育経済学
きょういくけいざいがく
教育経済学とは教育を対象とした経済学,もしくは教育と経済の関係を探究する学問である。経済学者が教育に注目したものの源流として,アダム・スミスやアルフレッド・マーシャルなどの著作があることはよく知られているが,これらの時点において教育は経済学者にとって主要な関心事とはなり得ていなかった。そうした状況の中で,1950年代後半から60年代にかけて,ジェイコブ・ミンサー,セオドア・シュルツ,ゲーリー・ベッカーなどを中心に,教育を労働生産性の向上を通じて賃金を高めるための投資と捉える人的資本論が発展し,教育経済学の端緒が開かれた。現在,教育経済学はさまざまな理論,分析手法,データをともなって急速に拡大してきている。教育経済学の研究群を整理すれば,①人的資本投資としての教育(教育投資の収益率),②教育サービスの供給主体としての学校(教育の生産関数),③教員労働市場,④教育と市場などに分類できる。
[人的資本投資としての教育]
この点について,現在も理論的バックボーンをなすのは人的資本論である。一方,これに対する影響力の大きい批判を展開しているものとして,教育は労働生産性を高めることではなく,自身が持っている能力のシグナルとして機能するものとする,シグナリング論がある。これらの理論にもとづく数多くの実証分析がなされる中で,近年は単なる教育の量(すなわち教育年数)だけではなく,教育の質についての注目も高まってきている。またこれらに関連するマクロレベルの研究では,各国データを用いて集合的な教育と経済成長との関係の検討が進んでおり,そこでは以下の三つのメカニズムが想定されている。
(1)教育は人的資本を増加させ,労働者の生産性を高めることにより,アウトプットのより高い衡水準を生み出す(修正新古典派成長理論)
(2)教育は経済のイノベーション力を高め,そこで生み出された技術,製品,プロセスに関する新しい知識が経済成長を促進する(内生的経済成長理論)
(3)教育は新しい情報を理解し処理するため,また他者によって考案された新しい技術を利用するために必要な知識の普及と伝達を促進し,これらが経済成長を促す
また,教育による賃金への効果以外に,健康・犯罪・市民的関与などの社会的便益に関する研究も進んでいる。
[教育の生産関数分析]
教育サービスの供給主体としての学校に関しては,教育の生産関数分析が中心をなしている。生産関数分析とはテストスコアなどの教育のアウトカムと,インプット(クラスサイズや教員の経験)についての統計的な関係性を明らかにするもので,近年では家庭環境や家族の社会・経済的地位,仲間集団や隣人,教員とその質,クラス規模などの影響が注目されている。また教育の生産関数分析は,より多くの注目を費用側面やファイナンスに向けており,教育プログラムや政策についての費用―便益分析(教育プログラム等の費用と教育のアウトプットの貨幣価値を算出し,生産関数分析にもとづいて比較する)や,費用―効果分析(生産関数分析にもとづいて,教育プログラム等の費用と効果を比較する)も実施されている。
[教員労働市場]
学生の学業成績の向上にあたって,教師の重要性は多くの研究で今や明白になっている。そのため1990年代以降,教員労働市場や採用・雇用維持,動機付け施策などについての研究関心が高まり,教員の就職にあたっての給与を含めた各種の労働条件についての選好などが明らかにされている。
[教育と市場]
最後に教育と市場に関する研究群についてであるが,これには教育における政府の役割について,公共財,非競合性,外部性(ある経済主体の行為が他の経済主体に影響を与えること)などの概念を用いて検討するものなどが挙げられる。実態として公教育はほぼ一貫して拡大してきた。しかし,政府の財政難等から公教育へ厳しい視線が注がれるようになった。そうした中,1990年代半ば以降,経済学者は教育バウチャー(教育サービスが購入可能な金券)などによる学校選択の拡大などを通じて,市場メカニズムを教育に導入することによる競争の促進と,その競争が教育アウトカムを向上させるのか,それらの平等化に影響を及ぼすのかについての分析などを実施している。
著者: 島一則
参考文献: D.J. Brewer, G.C. Hentschke and Eric R. Eide, “Theoretical Concepts in the Economics of Education”, D.J. Brewer and P.J. McEwan(eds.), Economics of Education, Elsevier, 2010.
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報