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新居格 にい いたる

美術人名辞典の解説

新居格

大正・昭和期の評論家読売新聞東洋経済新報記者を経て文筆生活に入る。社会時評・文芸評論等で筆をふるい文化学院教授。安部磯雄らと日本フェビアン協会の結成に加わり、日本プロレタリア文芸連盟参加。黒色青年連盟等アナーキスト系の運動に協力。戦後に東京杉並区長、日本ユネスコ協会理事となる。我国生協運動の先達。『大応国師語録』の著書もある。昭和26年(1951)歿、63才。

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百科事典マイペディアの解説

新居格【にいいたる】

評論家。徳島県出身。1915年東京帝大卒。《読売新聞》《東京朝日新聞》などで記者生活を送ったあと,1923年から評論家として独立。社会民主主義啓蒙団体の日本フェビアン協会に参加,アナーキズム系の機関紙《文芸批評創刊にかかわり,《自由を我らに》を編集・発行。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

新居格 にい-いたる

1888-1951 大正-昭和時代の評論家。
明治21年3月9日生まれ。アナーキズムの立場から社会・文芸時評を発表し,大正14年「文芸批評」,昭和7年「自由を我等に」を創刊,編集。昭和初期の流行語モガ,モボは新居の造語。22年東京杉並区長。昭和26年11月15日死去。63歳。徳島県出身。東京帝大卒。著作に「アナキズム芸術論」「左傾思潮」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

にいいたる【新居格】

1888‐1951(明治21‐昭和26)
評論家。徳島県に生まれる。キリスト教社会事業家として知られる賀川豊彦従弟にあたる。中学生時代から社会主義に親しみ,東京帝国大学卒業後,《読売新聞》《大阪毎日新聞》《東洋経済新報》《東京朝日新聞》などで記者生活を送った。1923年から本格的な文筆生活に入り,社会評論,文芸評論などで活躍,つねにジャーナリズムの先頭をゆく〈尖端人〉と評された。昭和初期の世相をとらえた〈モボ(モダンボーイ)〉〈モガ(モダンガール)〉や〈左傾〉は彼の造語である。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

新居格
にいいたる
(1888―1951)

評論家。徳島県生まれ。東京帝国大学卒業後、『読売新聞』『大阪毎日新聞』『東京朝日新聞』などの記者となる。1923年(大正12)から文筆生活に入ったが、中学生時代から社会主義に親しんでいたこともあって、つねにヒューマニズム的視点をとり続けた。ジャーナリストとしての感覚の鋭さは「尖端(せんたん)人」と評されるほどであった。昭和初期の流行語「モボ」(モダンボーイ)、「モガ」(モダンガール)は彼の造語。日本フェビアン協会の結成(1924)に参加したが、思想的にはアナキズムの立場である。1925年『文芸批評』を創刊、1932年(昭和7)には『自由を我等(われら)に』の創刊にかかわった。第二次世界大戦後は東京都杉並区の公選区長として市民運動に積極的であった。著作に『左傾思潮』(1921)、『アナキズム芸術論』(1930)ほかがある。[清田義昭]
『『アナキズム芸術論』(1930・天人社)』

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