日本製紙(読み)にっぽんせいし

日本大百科全書(ニッポニカ) 「日本製紙」の意味・わかりやすい解説

日本製紙(株)
にっぽんせいし

製紙業界の大手企業。1993年(平成5)の十條製紙と山陽国策パルプ合併により発足した。十條製紙は戦前の旧王子製紙が1949年(昭和24)過度経済力集中排除法により3分割された際、苫小牧(とまこまい)製紙、本州製紙とともに誕生した。老朽設備を更新し、ティッシュ・板紙・液体紙容器などの新領域に進出、1968年に東北パルプを合併したが、その石巻(いしまき)工場は世界一の印刷用紙工場に発展した。他方、1937年設立の旧山陽パルプ工業を継承する山陽パルプと1938年設立の国策パルプ工業は人絹パルプの生産を目的に発足したが、第二次世界大戦後はパルプから付加価値の高い紙への転換と多角化を目ざした。1972年(昭和47)に両社が合併、合併後は製紙業界大手の一角を占めるに至った。その後、1990年代に製紙業界は需要の低迷と供給力の大幅な過剰により不況に突入し、企業基盤を確立するため、1993年十條製紙と山陽国策パルプが合併、当時では製紙業界首位となる日本製紙が発足した。また、2001年3月には大昭和製紙との事業統合により、両社の親会社として株式会社日本ユニパックホールディング(2004年10月より日本製紙グループ本社)を設立した。2003年4月には日本ユニパックホールディンググループの再編により、洋紙事業を担う製紙会社となった。日本製紙の資本金1049億円(2008)。

[中村青志]

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百科事典マイペディア 「日本製紙」の意味・わかりやすい解説

日本製紙[株]【にっぽんせいし】

大手製紙メーカー。業界2位。1993年十条製紙と山陽国策パルプが合併し誕生。十条製紙は,1949年に旧王子製紙が過度経済力集中排除法により3社に解体された一つ。山陽国策パルプは,1972年に国策パルプ(1938年設立)と山陽パルプ(1946年設立)が合併して設立。合併により日本製紙は業界トップになったが,王子製紙がその後合併を繰り返し首位を奪回,紙パルプ業界再編の引き金となった。2001年4月に大昭和製紙と持株会社日本ユニパックホールディングを設立して経営統合。2004年10月グループ内事業再編に伴い社名を日本製紙グループ本社に変更。→紙・パルプ工業

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日本の企業がわかる事典2014-2015 「日本製紙」の解説

日本製紙

正式社名「日本製紙株式会社」。英文社名「Nippon Paper Industries Co., Ltd.」。パルプ・紙製品製造業。昭和24年(1949)「十條製紙株式会社」設立。平成5年(1993)山陽国策パルプを吸収合併し現在の社名に変更。同13年(2001)「大昭和製紙株式会社」と経営統合、「株式会社日本ユニパックホールディング」(現「株式会社日本製紙グループ本社」)を設立し完全子会社となる。同25年(2013)日本製紙グループ本社を吸収合併。本社は東京都千代田区神田駿河台。事業持株会社。製紙事業で国内2位。洋紙・パルプ・機能性フィルム等の製造・開発・研究を行う。東京証券取引所第1部上場。証券コード3863。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「日本製紙」の意味・わかりやすい解説

日本製紙
にっぽんせいし

紙,パルプの最大手メーカー。 1993年十條製紙山陽国策パルプが合併して発足。建材,化成品などの製造にも力を入れ多角化をはかったが,建材はのちに分社化した。売上構成比は,紙 83%,紙容器など加工品8%,パルプおよび化成品6%,木材ほか3%。年間売上高 9065億 1300万円 (連結。うち輸出5%) ,資本金 1048億 3200万円,従業員数 6633名 (1999) 。

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