日本における野球の普及と野球事業の推進を目的に活動する組織。英語表記の頭文字をとって「NPB」と略称する。理事会のもとに「日本プロフェッショナル野球組織」を置くことで、プロ野球を主催・運営することを主たる事業としている。1949年(昭和24)設立。当初は社団法人であったが、2012年(平成24)公益法人制度改革に伴い一般社団法人へ移行した。前身は日本野球連盟。
役員および社員はプロ野球12球団によって構成される。英語の略称である「NPB」は日本のプロ野球をさすことばとして一般化している。とくに、1997年(平成9)にNPBのシンボルマークが作成され、2002年から全球団の帽子および上衣にNPBマークのワッペンが貼付されるようになって広く認知されるようになった。
1936年(昭和11)に発足した「日本職業野球連盟」が日本のプロ野球組織の始まりであり、1939年に「日本野球連盟」、1944年に「日本野球報国会」と名称を変更しつつ存続した。第二次世界大戦により1944年シーズンをもって一時休止されたが、戦後すぐに「日本野球連盟」が復活を宣言し、1946年からペナントレースが再開された。
1949年オフに、それまでの「日本野球連盟」が「セントラル野球連盟(セントラル・リーグ)」と「太平洋野球連盟(パシフィック・リーグ)」の2リーグに分裂すると、その統括団体として社団法人「日本野球機構Professional Baseball Organization of Japan」が設立された。その一方で任意団体としての「日本プロフェッショナル野球組織Nippon Professional Baseball」も設立されてセ・パ両リーグをとりまとめるとされ、日本プロフェッショナル野球組織のコミッショナーが日本野球機構の会長を兼務するなど、両者の位置づけは曖昧(あいまい)だった。
1949年にGHQのきもいりで創設されたコミッショナー職は日本プロ野球を代表する立場と認知されていたが、その一方でコミッショナーには裁定を下す権限がないことが、おりに触れて問題視されていた。1978年の日本シリーズにおける1時間19分中断問題や、同年の江川問題(読売ジャイアンツがドラフト会議前日の「空白の一日」を利用して江川卓(すぐる)と入団契約した問題)などはその最たる例である。そして2004年のプロ野球再編問題の際にコミッショナーの問題収拾能力のなさが改めて非難の的となったことから、コミッショナーの権限を強化して有事への対応力を高め、オーナー会議を最高議決機関として位置づける新しい定款への変更が2008年に決定され、2009年から施行された。この定款および新しく作成された野球協約では、それまでのセ・リーグ事務局とパ・リーグ事務局をコミッショナー事務局に統合し、両連盟の会長職も廃止した。また、日本プロフェッショナル野球組織は日本野球機構の内部組織と位置づけられた。日本野球機構の英語の略称は2005年から「NPB」に変更されていたが、シンボルマークの定着と、この改革によって日本野球機構およびプロ野球そのものを一体として「NPB」とよぶ習慣が定着した。
現在のNPBはプロ野球を主催・運営するほか、野球の振興と普及に関する事業や、国際交流活動などにも力を入れており、日本代表チームの編成も一本化して行っている。また、アマチュア球界との連携を図るため2016年に日本野球協議会を設立し、プロアマ共同の事業も多く行われている。
[粟村哲志 2021年8月20日]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
(武田薫 スポーツライター / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
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