日本大百科全書(ニッポニカ) 「春化現象」の意味・わかりやすい解説
春化現象
しゅんかげんしょう
コムギやダイコン、キャベツなど秋に発芽して冬を越し、春に開花する植物のなかには、幼植物の時代に低温にあうことによって初めて正常に花芽を形成し、開花する種類がある。このような低温によって花成が促進される現象を春化現象とよぶ。秋播(ま)きコムギを春に播種(はしゅ)すると、まったく出穂しないか、たとえ出穂する場合でも秋播きのものに比べて出穂が非常に遅れる。ところが、発芽種子を数十日間、0~10℃の低温のところに保存しておいたのちに播くと、春に播いても秋播きした場合と同様、正常に出穂する。この事実に着目したソ連のルイセンコは、花芽形成に必要な低温処理のことを、催春を意味するロシア語のヤロビザーツィヤяровизация/yarovizatsiyaとよんだ(1929)。英訳でバーナリゼーションvernalization、日本語訳では春化現象という。春化現象はその後ルイセンコの本来の定義から拡大して、低温による花成促進の現象も含まれるようになっている。
春化現象の研究が進むにつれて、ダイコン、ハクサイなどのように、発芽種子の低温処理によって花成が促進される植物と、キャベツ、タマネギ、セロリなどのように、発芽種子は低温に感応せず、ある程度の大きさになった幼植物が低温に反応して花成が促進される植物とがあることがわかった。前者は種子バーナリゼーションseed vernalization、後者は緑植物バーナリゼーションgreen-plant vernalizationとよばれる。たとえばハクサイでは約30日間、ダイコンでは約15日間、発芽種子を5℃前後の低温下に置くことで花成が促進される。一方キャベツでは、低温感受性は品種により大きく異なるが、一例をあげれば、茎の直径が5ミリメートルに達した苗が平均14℃の低温に1か月以上遭遇したときに花成がおこる。
バーナリゼーションの生理的メカニズムについては、数多くの研究がなされてきたが、いまだ解明されていない部分が多い。接木(つぎき)実験によって、低温感応した部分の影響が移行しないことから、ホルモン様物質の存在は否定的に考えられている。コムギの発芽種子では、低温に感応するのは胚(はい)の部分であることが知られている。また、ジベレリンが低温処理を代替できる場合もある。春化処理後、正常な花芽の発達には、適当な日長条件が必要であることも知られている。
春化処理の農業上の価値は、作物の開花生理に及ぼす低温の役割が着目され、このことから作物の品種の環境適応性についての知見が多くの研究によって明らかにされたことなどにある。また、ダイコンやハクサイの採種や育種技術において、開花時期を人為的に調節することができるようになったことなどの実用的効果も大きい。
[星川清親]