ソ連時代に活躍したウクライナ出身の農業生物学者。ウクライナの農家に生まれる。ウマン園芸学校、キエフ(キーウ)農業専門学校で学んだのち、1925年、ギャンジャ育種試験場に赴任。植物の発育には適切な温度・光・水分などを必要とするいくつかの段階があるという「発育段階説」を唱え、それに基づき秋播(ま)きコムギを人為的に低温下に置いて春に播く「春化処理(ヤロビザーツィヤ)」法を発表した(1929)。同年、オデッサ(現、オデーサ)の淘汰(とうた)学遺伝学研究所に移り、1936~1938年、所長を務めた。このころ、春化処理によってコムギが秋播き型から春播き型に遺伝的に変化する(獲得形質が遺伝する)と主張して、メンデル遺伝学を激しく攻撃した。スターリン政権下でしだいに政治力を強め、1939年には農業科学アカデミー総裁に選ばれ、翌年モスクワ遺伝学研究所所長に任じられた。1936年と1948年の二度にわたり、旧ソ連生物学界をあげての討議の結果、ルイセンコ学説が農業生産上有効なものとして採用され、反対派は学界から追放された。このできごとは世界の科学界に大きな衝撃を与え、彼が主張する遺伝的性質の可変性の当否、科学と政治の関係をめぐって、いわゆる「ルイセンコ論争」を引き起こした。スターリンの死後、支配力を弱め、1955年にはアカデミー総裁を辞任し、やがて完全に失脚した。
[檜木田辰彦]
『中村禎里著『ルイセンコ論争』(1967・みすず書房)』▽『Z・A・メドヴェジェフ著、金光不二夫訳『ルイセンコ学説の興亡――個人崇拝と生物学』(1971・河出書房新社)』
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ソ連の農業生物学者。ウクライナの農家の生れ。ウマンの園芸学校,キエフ農業専門学校卒。キーロババード(現ギャンジャ)の農事試験場で育種を研究。1938年にソ連農業科学アカデミー総裁となる。植物の生長期には温度を必要とする段階と光を必要とする段階があるという発育段階説を提唱,それを利用したバーナリゼーション(春化処理)なる栽培法を実施(1929)。また生物の遺伝性は環境との関連で存在するとして遺伝子を中心におくメンデリズムを批判,いわゆるルイセンコ学説を展開,科学界のみでなく政治の世界をもまきこんだルイセンコ論争の主役となった。スターリンの死後,失脚した。
執筆者:鈴木 善次
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1898~1976
ソ連の農学者。遺伝の研究を進めて,環境の操作により植物の遺伝性を後天的に変化させうることを主張し(1935~36年),メンデル遺伝学者を排除して,ソ連生物学の正統となった。フルシチョフの庇護を受けて勢力を保ったが,1965年失脚。
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…しかし,その後,これらの証拠は実験的誤りに基づくものか,他の解釈可能なものとして扱われた。1930年代後半になり,ソ連ではT.D.ルイセンコが登場し,環境を重視する考えから獲得形質遺伝を肯定,その証拠として接木雑種がとりあげられた。今日,分子レベルで遺伝情報伝達のしくみが明らかにされ,この接木雑種も含め,獲得形質の問題は分子レベルで解釈しようという動きがみられる。…
…春にまくと出穂しない秋まき栽培用のコムギを,わずかに芽を出させた後ある期間低温にあわせれば,春にまいても春まき栽培用のコムギと同様に出穂・結実する。この現象は,ソ連のT.D.ルイセンコがとりまとめ1929年に発表して以来,春化を意味するロシア語のヤロビザーツィヤyarovizatsiyaとともに,世に広く知られるようになった。その後,この春化の理論を応用し,作物の芽や種子を温度処理することによって開花・結実をはやめたり,あるいは増収をはかる試みなどが行われてきた。…
…また果樹の品種改良を中心に,独自の方法を開発した園芸育種家I.V.ミチューリン(1855‐1935)の存在も見落とせず,さらに栽培植物の起源を問い,世界各地から栽培種,野生種を収集した遺伝学者N.I.バビロフ(1887‐1943)は,旧ソ連が現在保有する豊富な遺伝資源の礎を築いている。ただ若き日には優れた〈植物生育発展段階説〉を提唱したT.D.ルイセンコ(1898‐1976)が,一方でメンデリズムを否定し,さらに農学研究を忘却して政治的に動いたのは残念であった。ソ連での農学は,日本や発展途上国にみられるような植物学,動物学は基礎理論分野で,農学は応用分野という区別はなく,農学即基礎学である。…
…ついでレニングラード,モスクワへ赴く。ここでT.D.ルイセンコと論争し,イギリスに渡り,37‐40年エジンバラ大学に勤務。45‐64年インディアナ大学教授。…
※「ルイセンコ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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