書誌学(読み)ショシガク(その他表記)bibliography

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デジタル大辞泉 「書誌学」の意味・読み・例文・類語

しょし‐がく【書誌学】

図書を研究対象とする学問。図書の成立・発展や内容・分類などに関する一般的研究と、図書の起源・印刷・製本・形態などについての考証的研究とがある。ビブリオグラフィー

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精選版 日本国語大辞典 「書誌学」の意味・読み・例文・類語

しょし‐がく【書誌学】

  1. 〘 名詞 〙 ( [英語] bibliography の訳語 ) 図書を研究対象として、分類・解題・鑑定などを科学的に行なう学問。書写・印刷・製本などの技術、図書の名義・体裁・内容・伝来・流通・校訂、図書の整理分類の方法・歴史から紙や筆墨の材料研究までを含み、その領域はきわめて広い。ビブリオグラフィー。
    1. [初出の実例]「古書の校訂は真に容易でない、書誌学はもっと日本で発達させねばならぬと確信する」(出典:番傘・風呂敷・書物(1939)〈幸田成友〉鎌倉大草紙について)

書誌学の補助注記

もと、史学の補助学として「書史学」と称していたが、書物全体の学問ということで、大正末期から「書誌学」と呼ぶようになったという。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「書誌学」の意味・わかりやすい解説

書誌学
しょしがく
bibliography

ビブリオグラフィーとはギリシア語のビブリオンbiblion(図書)とグラフィエンgraphien(誌(しる)す)から生まれたことばである。語源からわかるように、このことばは当初「図書を書く」という意味であったが、18世紀に入って、フランスで「図書について書く」という意味に使われるようになると、旧来の意味は廃れていった。そして19世紀末にイギリスで、文献の伝達を研究する(分析書誌学)考え方が書誌学に追加されると、この考え方を含まない書誌学と区別して、新書誌学とよばれるようになった。現在の英米の書誌学はこの考え方をとっている。日本語の書誌学および書誌は英語のビブリオグラフィーの訳語である。

[高野 彰]

西洋

図書を研究する学問。「図書を読む」と「図書を枕(まくら)にする」とでは、「図書」の意味はまったく異なる。前者が図書の内容を問題にしているのに対して、後者は「物」としての図書をさしている。英米の書誌学は図書の扱い方をこのように区別し、書誌学を参考書誌学reference bibliographyと物質書誌学material bibliographyに分けている。前者は列挙書誌学のことであり、後者は分析書誌学のことである。後者は研究の目的によって、さらに、記述書誌学、本文書誌学、そして歴史書誌学に分かれる(フランスやドイツでは英米の分析書誌学を書誌学に含めていない)。

[高野 彰]

列挙書誌学

enumerative bibliography 図書資料にはさまざまな知識が収められている。この知識を有効に普及させるには図書資料の内容を識別して、特徴を記述し、一定の体系に配列しておく必要がある。こうした研究をするのが列挙書誌学で、列挙書誌はその産物である。書誌はいろいろな目的で編纂(へんさん)されるが、だいたい、世界書誌、全国書誌、主題書誌、個人書誌、そして書誌の書誌に大別できるかもしれない。

[高野 彰]

分析書誌学

analytical bibliography 図書の物理的な事実を研究し、図書の製造工程を復原し、最終的には、個々の図書が抱えている問題を解決しようとするのが分析書誌学である。図書は著者の考えを伝える伝達物であるが、著者の手を離れた原稿が図書になるまでにはさまざまな人の手を介在しなければならない。清書職人、編集者、植字工、印刷工などの手を経るうちに、意識的あるいは無意識的に変更が生まれてくるものである。この変更は図書の製造中におこっているので、その原因を解明するには、図書がどんな特徴をもち、どのように製造されたのかといった図書に関する知識が必要である。書誌学が図書のことを研究するのはそのためである。伝達の問題を図書の製造中の問題としてとらえ直すということは、図書を(製造)「物」として扱うことである。英米の書誌学はこの立場で図書を分析し、伝達されない原因を物としての図書自身から導き出そうとする。19世紀のイギリスの書誌学者ヘンリー・ブラッドショーHenry Bradshaw(1831―86)はいみじくも「図書自身に語らせる」と表現した。伝達の問題を、意味とか、文学的に説明するのではなくて、製造上の物的な証拠で説明するのである。彼の唱えた原理は現在も英米の書誌学の基本になっている。書誌学の意義はここにあるといってよいであろう。

 図書を物として扱い、その物に語らせた例として引用されるのがカーターJohn Carter(1905―75)とポラードGraham Pollard(1903―76)が行ったワイズ偽作(ぎさく)本の暴露である。彼らは使用された活字と紙を分析し、問題の図書が偽作本であることを実証したのであった。

〔1〕記述書誌学descriptive bibliography ある版のすべての図書を分析書誌学的に調査し、印刷者とか出版者が当初出そうとした図書、すなわち理想本ideal copyの物理的な状態を確定するのが記述書誌学の役目で、その結果を記述書誌学の原則に従って記述し、配列をしたのが記述書誌である。理想本のようすを知るには、できるだけ多くの図書を調べなければならない。そのことによって、各図書の物理的な状態が確定できるだけでなく、図書の相互関係がつかめるので、版、刷、発行あるいは異刷に分類できるようになる。そしてときには、これまで知られていなかった「未記録」のものがみつかるかもしれない。

 以上のことから、理想本を記述する記述書誌と、特定本を記述する目録とでは、本質的に違うことが明らかであろう。目録のなかにも記述書誌学の原則に従って詳しく記述している例をみかける。しかし、どんなに詳しくても、特定本の記述である限り、それは目録なのである。

 近年、異刷の単位も含めた記述書誌が編纂されるようになった。異刷の状態も考慮することから、本文の異同も示されるので、記述書誌は本文書誌学にとってますます重要になってきている。しかし、すべての図書を網羅した記述書誌が編纂されているわけではない。本文書誌学の研究のなかで図書の相互関係がわかり、それが記述書誌に反映されることもあり、両者は互いに補足しあっているといえる。

〔2〕本文書誌学textual bibliography 印刷された文字や書かれた文字を「物」として扱い、その異同のようすを製造面から分析するのが本文書誌学である。最終的には、編者が批判版(すなわち著者が伝達しようとした本文を復原した版)を編集できるような原理と、その判断材料を用意することを目ざしている。

〔3〕歴史書誌学historical bibliography 歴史書誌学は物としての図書資料だけでなく、それ以外の資料も活用して図書を研究する。このなかには、印刷者、出版者、製本師、活字鋳造師などの伝記とか、版権の歴史などが含まれている。それに、印刷者とか出版者が所有する各種の記録類の分析も入るはずである。しかし歴史書誌学は、図書に関するすべての歴史を包含した広義の歴史研究ではない。そのため、近年フランスで提唱された、社会・経済面からみた図書の歴史、すなわち、l'histoire du livre(図書史)と、歴史書誌学を含めた総合的な研究分野の創設が提案されている。

[高野 彰]

日本・中国

わが国では書誌学の語は昭和初年から一般に使用されるようになった。韓国でも書誌学の語が用いられている。中国の目録学・版本(はんぽん)学・校勘(こうかん)学・校讐(こうしゅう)学、わが国の書史学・文献学・図書学などの語も、書誌学とほぼ同様の内容である。

[福井 保]

目的

学術研究の資料として図書を使用するためには、その本文を吟味し、その性質を明らかにする必要がある。ことに、成立の古い図書は、著作されてから今日まで、書写・印刷を重ねて伝来する間に、その本文が変化することが多い。意識的または無意識的な誤写、誤刻、補訂、脱漏、錯簡(さっかん)などによって、しだいに文字や文章が改められるからである。そのため、研究の前提として、できるだけ著者が著した原形に近い本文を追求する必要がある。ところが、本文はその入れ物である図書の物理的な性質に左右されやすいから、書写、印刷、装丁、伝来などの歴史と、その普遍的または個別的な特徴を明らかにすることが必要である。これが書誌学研究の目的である。書誌学の研究は本文批判すなわち原形本文の追求を究極の目的とする点において、単なる美術的鑑賞や骨董(こっとう)的愛玩(あいがん)または好事(こうず)的趣味と区別される。

[福井 保]

内容

書誌学の内容、範囲には、前述の本文批判を含める広義の書誌学と、図書の形態的側面を主とする狭義の書誌学とがある。狭義の書誌学とは、(1)図書の起源(竹簡(ちっかん)・木牘(もくとく)・絹布など)、料紙(麻紙(まし)・斐紙(ひし)・楮紙(ちょし)など)、装丁(巻子(かんす)本・折(おり)本・粘葉(でっちょう)装など)、形態(大本(おおほん)・袖珍(しゅうちん)本・枡形(ますがた)本など)、(2)書写および印刷の種類(自筆本・宋刊(そうかん)本・官版(かんぱん)など)、方法(寄合書(よりあいがき)・活字版・影印(えいいん)本など)、様式(書風・版式など)、(3)図書の収集、整理、保存、文庫、蔵書家、蔵書印など、(4)出版、販売、利用など、についての研究である。これらに、図書の成立事情や、諸本の本文を比較して異同を明らかにし、系統をたて、原形本文にさかのぼる研究を加えたものが広義の書誌学である。

[福井 保]

研究法

書誌学の研究は対象図書の主題、新旧や和漢洋書の別を問わない。しかし、各種主題のなかでは、対象図書の多い古典文学や歴史学の研究について、書誌学の知識がとくに必要である。そのため、書誌学はかつては文学や歴史学の補助学と考えられていた。また、本文の乱れは、図書の成立が古く、伝来が長いほど生じやすいから、新刊書よりも古典についての書誌学研究が必要とされるのは当然である。書誌学研究の方法論のうえでは、和漢書と洋書との間に差異はない。

 一般に、本文批判によって正しい結果を得るためには、比較する図書の性質を吟味し、できるだけ善本を選んで対校(たいこう)する必要がある。善本を選択するためには狭義の書誌学の知識が不可欠である。狭義の書誌学は、現存する多種多様の古書を広く調査し、その形態上の特徴を詳細、正確に比較、研究することによってしだいに究明される実証的な学問である。図書の形態や書写・印刷の方法は、地域、時代、出版者などによってそれぞれ独自の発達を遂げるとともに、そのなかでの個々の図書にはまた独自の変化がみられる。古書は近代の大量工業製品と異なって、手作りで個性的であり、また時間の経過に伴う各種の物理的変化も生ずる。古書はそれ自身についての情報が不備であるから、これを鑑識によって補い、推定、鑑別する必要がある。その鑑識とは、多数の図書の形態的特徴を比較し、その経験の蓄積によって古書の共通性や類似性を会得し、それに基づいて個々の図書の性質を判断する能力である。そのため研究者の養成が容易でないなど研究上の制約が多い。

[福井 保]

研究史

中国では古く漢代に劉向(りゅうきょう)・劉歆(りゅうきん)(前32―後23)父子や班固(はんこ)らが図書の校勘や目録の編集を行い、その後、図書分類法が考案された。宋(そう)代には善本を求めてその本文を校勘する風潮がおこり、解題書がつくられ、偽書の研究や、すでに散逸した古典の逸文の編集も行われた。清(しん)代には考証学、考勘学など古典を実証的に研究し、その本文批判を行う学風が流行し、清末から民国初年にかけて楊守敬(ようしゅけい)、葉徳輝(しょうとくき/せっとくき)らが出て、しだいに書誌学の研究が隆盛となった。葉徳輝の『書林清話』はその代表的な著述である。わが国における佚存書(いっそんしょ)の調査、敦煌(とんこう)その他における新資料の発見、写真製版技術の進歩に伴う書影集の刊行などがその傾向を助長した。中国における書誌学の進歩は直ちにわが国にも伝えられた。

 わが国では奈良時代から平安初期にかけて仏典の目録がしばしば編集された。わが国に伝存する漢籍の総目録では『日本国見在書(げんざいしょ)目録』が、また国書の総目録では『本朝書籍(しょじゃく)目録』が著名である。平安末期にはすでに図書の校勘が始まり、わが国に伝存する漢籍の古写本と新渡の宋刊本との校勘が行われた。国書については鎌倉時代に源光行(みつゆき)、藤原定家(ていか)、仙覚(せんがく)らが出て『万葉集』『源氏物語』、勅撰(ちょくせん)集などの校勘に従事し、優れた校本を残した。江戸中期以後、清朝考証学の影響を受けた山井鼎(かなえ)(1681―1728)、吉田漢宦(かんがん)(篁墩(こうとん))らによって漢籍の校勘が始められ、文化・文政(ぶんかぶんせい)年間(1804~30)以後、市野光彦(いちのみつひこ)(迷庵(めいあん))(1765―1826)、林衡(たいら)(述斎(じゅっさい))、近藤守重(もりしげ)(正斎(せいさい))、狩谷望之(かりやもちゆき)(棭斎(えきさい))、森立之(りっし)(枳園(きえん))らが出てその伝統を受け継ぎ、漢籍の善本を調査・研究し、書誌学の研究が確立した。森立之らによる『経籍訪古志(けいせきほうこし)』はその代表的な業績である。明治・大正時代には和田維四郎(つなしろう)、内藤虎次郎(とらじろう)(湖南(こなん))、島田翰(かん)(1881―1915)らがあり、昭和初年には国文学界に古典の本文批判的研究が流行した。長澤規矩也(ながさわきくや)、川瀬一馬(かずま)らは1931年(昭和6)に日本書誌学会を結成し、33年に同会から雑誌『書誌学』を創刊して多数の研究論文を発表した。そのほか、書影集や善本目録なども相次いで刊行されたので、書誌学の学術的な水準はこの時期に画期的な向上をみた。

 韓国でも1968年に韓国書誌研究会が発足して雑誌『書誌学』を創刊し、70年には韓国書誌学会が創立された。

[福井 保]

『A・エズデイル著、高野彰訳『西洋の書物』(1972・雄松堂書店)』『R. B. McKerrowAn Introduction to Bibliography for Literary Students (1927, Clarendon Press, Oxford)』『Philip GaskellA New Introduction to Bibliography (1974, Clarendon Press, Oxford)』『Fredson BowersPrinciples of Bibliographical Description (1962, Russell & Russell, New York)』『長澤規矩也著『書誌学序説』(1968・吉川弘文館)』『川瀬一馬著『日本書誌学概説』増訂版(1972・講談社)』『長澤規矩也著『古書のはなし――書誌学入門』(1976・冨山房)』


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改訂新版 世界大百科事典 「書誌学」の意味・わかりやすい解説

書誌学 (しょしがく)

現在書誌学と呼ばれているものに近い学問は,中国にも古くからあって,遠くは漢の劉向父子に始まる目録学,唐・宋時代の校勘学,近くは顧炎武その他が清代に唱えた考証学などは,いずれも書誌学の一部を内容としており,日本でも江戸末期の学者狩谷棭斎(かりやえきさい)などは,本質的にすぐれた書誌学者であったといえる。しかし書誌学というのは比較的新しい造語であって,たとえば1940年の修訂版《大日本国語辞典》にはまだ採録されていない。書誌学という成語がそれ以前の図書学に代わって用いられるようになったのは,おそらく昭和になってからのことで,英語のbibliographyやフランス語のbibliographieなどを意識した新しい訳語である。これらの近世ヨーロッパ語はギリシア語の〈書物〉を意味するビブリオンbiblionと,〈しるす〉を意味するグラフェインgrapheinとから成り立っている。したがって18世紀の半ばころまで,この語はヨーロッパでは〈書物を書くこと〉の意味に用いられた。〈書物に関して書くこと〉の意味に用い近代書誌学の道をひらいたのは,フランス人ドビュールGuillaume-François Debure(1731-82)の《書誌教本》7巻(1763-68)をもって初めとする。

 言語のないところに文法が考えられないように,書物のないところに書誌学は考えられない。書誌学に先行し,書誌学を成立させるものは書物の存在である。したがって書誌学を正しく定義するためには,書物そのものの本質を明らかにしなければならない。人間の思考・感情・行為・希望などを,文字または図に表現して,紙葉その他の材料に書写あるいは印刷し,これをとじあわせて一つのまとまった物質的形態を与えたものが,最も一般的な〈書物〉の意味であるが,それはさらに,(1)表現された内容を主とするか,(2)表現された内容を伝達するための形態を主とするか,で用い方が違ってくる。たとえば,〈《論語》は教養を高める書物だ〉という場合と,〈正平版《論語》はめずらしい書物だ〉という場合では,書物の意味が違う。前者で重要なのは《論語》の内容であって,版式や刊行年次などは問うところではなく,LP盤のレコードに吹きこまれていてもかまわない。しかし後者にあっては,1364年(正平19)に堺で開板された初刻本,およびそれにもとづく単跋(たんばつ)本,無跋本,双跋本,明応本の,それぞれ具体的な特定の形態が意識される。したがって書物は,その内容,すなわち超物質的形態と,その容器,すなわち物質的形態との二つを備えている。書誌学が対象とするのは,厳密に書物の物質的形態だけである。かくて書誌学に一応の定義を与えるならば,〈書物の物質的伝達の経路を細心周到に調査し研究して,それらの起源・歴史,および本文に関する未解決の諸問題を解明する一科学〉ということになろう。金石学,古文書学,考古学,歴史学,地理学,民俗学,語学,社会学,心理学などが,それぞれ補助科学となるのはいうまでもない。

 書物の形態は,時間的にまた場所的にそれぞれ特殊なものをもっているから,書誌学の方法もまたそれに適応しなければならないが,そうであるからといって,日本の書誌学がヨーロッパの書誌学と異なる地盤に立つもののように考えるのは誤りであり,方法論は,どのような時代にもまた地域にも共通する。イギリスの書誌学者ゲーズリーStephen Gaselee(1882-1943)が,1932年10月のイギリス書誌学会会長就任演説で述べた書誌学成立の5段階に即して,以下に簡単に説明を加える。(1)収集--必要な書物や材料を集めてくる。たとえば,《源氏物語》の書誌学的研究を志すならば,池田亀鑑がおこなったように,できるだけ多くの異本を集め,集めにくいものは個人や公共の文庫におもむいて借覧し,必要な場合には全部または一部の複本を作る。書物の収集は本来図書館の任務であり,書誌学者は図書館を利用すればよく,また事実,大いに利用しているのであるが,最も進歩した欧米の図書館でさえ書誌学者を満足させるような目録を完成しているものは少ないから,現状では書誌学者の資格が司書にも要求される。(2)列挙--集められた書物は,整理され並べあげられねばならない。実物をそのまま列挙するのにまさることはないが,実物のない場合は,それらの書物の特性を記録したノートがこれに代わる。(3)記述--植物学者が採集してきた植物の押花や押葉の標本を作る場合,すぐその下へ植物名を書き入れておくように,書誌学者は列挙された書物について記述をおこなう。記述の方法には詳密なのや簡略なのやいろいろある。ただどんな場合でも,題扉(だいひ)(またはこれに相当する刊記)の忠実な書写がおこなわれるところから,書誌学といえば題扉の転写に尽きるもののように誤り考える者がいる。なにかある一つの題目について,それと関係のあるできるかぎり多くの書物の所在と名称とを,その題目の研究者に知らせるのが書誌学のおもな目的であるならば,最も簡単な目録風の記述でも足りるであろう。しかしこれは一つの副産物にすぎず,書誌学はそのほかにもっとたいせつな目的をもち,その目的をはたすためには,版式,折(おり)標,漉入(すきいれ)標,装丁の特異点などについての詳密な記述が,最も重要な職分となる。(4)分析--この段階において,書誌学者は初めて記述的立場から批判的立場にうつる。ここでは書誌学はもはや書物の従順な下僕ではなく,書物という肉体が内蔵するいろいろの病原を診断し,西洋は西洋の,中国は中国の,日本は日本の,それぞれ特色のある鋭い書誌学的なメスをふるって,手術し治療する。すなわちこの段階において,初めて系統は正され,本文は確立し,書物はそれ自身の本来の姿,つまり著者の意図を最も誤り少なく伝達した姿にかえる。刊記なき刊本も,その推定刊行年代を与えられ,偽版は見やぶられ,乱れた版の年次は正される。いうまでもなく書誌学の最も興味の深い部門であって,(1)から(3)までの段階がしいた労苦はここで十分にむくいられる。(5)結論--以上はいずれも特殊な題目を研究の対象とした場合に,書誌学者がふみ越えねばならない段階であったが,それらをまとめてみると,共通したいくつかの結論が残り,発見と発見をつなぐ有機的な原理がみちびき出されるであろう。あるいはまた,一つの時代に共通な歴史や人文の姿がとらえられるであろう。このような一般的な帰結をもって,書誌学はその任務をはたす。

 中国の目録学や校勘学に比べると,西洋における書誌学の成立ははるかにおそく,およそ1491年ころに印行されたグアリヌスGuarinusの文法書の,折標d8からe3にいたる7ページが,あるイタリア詩人の著作目録となっているのを,記録に残る最古の書誌とする。それはかなり周到なもので,著作のいちいちの題名を掲げて行数を数え,その書物の写本や版本の所在を明らかにしている。しかし欧米において書誌学が一つの学となったのは比較的近代のことであり,各国書誌学会の歴史もあまり古くはない。最も早く書誌学の発達をみたのはフランスで,上述のように1763年にはすでに《書誌教本》の刊行があり,1868年に最初の書誌学会が設立された。フランスについで早いのはオランダで,1884-94年までの間に,オランダに関する詳細な6巻の書誌が出ている。しかし,真に科学的な書誌学の発達をみたのはイギリスで,1890年にエジンバラ書誌学会が,そして92年にイギリス書誌学会が設立されてから,欧米の書誌学会を指導する地位にたった。それはC.ダーウィンの生物進化論の形成と無関係でない。近世書誌学の父といわれるブレーズWilliam Blades(1824-90)が,主著《カクストンの生涯と印刷術》の中で採用した研究方法を,近世書誌学の母と仰がれるブラッドショーHenry Bradshaw(1831-86)は〈博物学的方法〉と評した。そのブラッドショーは友人にあてた手紙の中で〈得られた事実を厳密に配列して明白な立場を保たせ,事実にそれみずからを語らせるのが私の方法である〉と述べたが,これは明らかにダーウィン的方法論である。ブラッドショーの後をついでケンブリッジ大学の司書となったジェンキンソンFrancis Jenkinson(1853-1923)は,書誌学者であるとともにまた有名な昆虫学者でもあった。これら先覚者の博物学的研究法を適用して,大英博物館司書プロクターRobert Proctor(1868-1903)が,同館所蔵の約8000冊のインクナブラ(初期刊本)を,それぞれその占むべき年代と場所と印刷者とに還元したとき,書誌学はほぼその機能を完成したといえる。1927年秋オックスフォード大学がマッケローRonald McKerrow(1872-1940)の《文学研究者のための書誌学入門》を刊行したとき,《タイムズ》紙の週刊〈学芸付録〉に書誌学の目的や内容について盛んな論戦がおよそ半年にわたって展開され,書誌学の性格をはっきりさせるに役だった。こうして,少なくともイギリスにおける書誌学は〈文学的ならびにその他の文献の,物質的伝達を研究し,その究極の目的は,伝達にさいしての物質的手段を細密周到に検討して達しえられるかぎり,起源,歴史,および本文に関する諸問題を解決するもの〉と定義されている(1930年10月,イギリス書誌学会におけるW.W. グレッグの講演〈書誌学の現状〉)。

 アメリカやドイツの書誌学は,イギリスにくらべると,一般に図書館学的な色彩が強く,批判よりも記述に重きをおく傾向がみられる。ことにドイツではイギリス風の書誌学はビブリオグラフィーとはいわず〈書物学Buchwesen,Buchkunde〉と呼ばれているが,さほど盛んではない。ソ連の書誌学の方向もだいたいドイツ的といえよう。明治・大正期に書物にも知識の深かった鉱山学者和田維四郎(つなしろう)らの先覚者をもつ日本では,昭和期になって日本書誌学会が創立され,写本・刊本ともに精密な研究がおこなわれるようになった。

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図書館情報学用語辞典 第5版 「書誌学」の解説

書誌学

図書を研究の対象とし,これを科学的に扱う研究領域.出版事項ばかりでなく,形態,材料,用途,活字,装丁,また個々の内容やその異同,成立の歴史,事情などを科学的,実証的に研究する.日本で書誌学という場合,一般には江戸時代以前に出版された図書(古書)について,成立,伝来,装丁などを含めたあらゆることの調査,研究活動に対して使用されることが多い.書誌学は,一般に分析書誌学(批判)と体系書誌学(列挙)とに大別される.前者は,個々の図書を正確に識別し,記述すること,いいかえれば,原本と異本の違いなどを詳細,厳密に研究することを目的とする.後者は,個々の図書について情報を収集し,それぞれを的確に識別できるように記述し,論理的に整理して,リスト化すること,およびその作成法の研究である.

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百科事典マイペディア 「書誌学」の意味・わかりやすい解説

書誌学【しょしがく】

ビブリオグラフィーbibliographyの訳語。広義には書物に関する学問。印刷,造本,異本など書物の物質的形態を研究し,その起源,歴史などを解明する学問をさす場合と,特定の主題についての文献目録をさす場合の2義があり,狭義には前者だけを書誌学と称し,後者を単に書誌という。→文献学

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「書誌学」の意味・わかりやすい解説

書誌学
しょしがく
bibliography

書物そのものについての理論的研究をいう。特に書物の体裁,用途,本文,歴史などを研究する学問。

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