曽根裕(読み)そねゆたか

日本大百科全書(ニッポニカ) 「曽根裕」の意味・わかりやすい解説

曽根裕
そねゆたか
(1965― )

コンセプチュアル・アーティスト。静岡県生まれ。彫刻とそれを用いたパフォーマンス、さらにその記録としてのビデオを組み合わせたインスタレーションを通じて、独自の世界観や思考方法を観客に伝える。方法はブルースナウマンや、その流れをくむ1990年代のマイク・ケリー、マシュー・バーニーらの複合的なインスタレーションにも通じるが、表現内容は自転車、バス旅行、ジャングル探検、月世界探検、カー・レース、ジェットコースターといった、少年の遊びや冒険にかかわる事物やテーマを出発点に、想像力を通して別の場所への転移を触発する。

 1992年(平成4)に東京芸術大学大学院美術研究科建築専攻の修士課程を修了したのち、93年水戸芸術館現代美術センターで初個展「19番目の彼女の足」を行う。同展は、一輪に改造した自転車を19台つなげた乗り物に参加者が乗り、同時にペダルを動かそうとするパフォーマンスを中心とした。こぎ手はタイミングが狂い転倒を繰り返し、19人分の体重が加算された乗り物を起こすために格闘する。多くの行動の自由とスピードを与えてくれる道具が正反対の障害となり、協力するために集まった人々が互いの邪魔になるという皮肉な事態だった。また、そこで繰り返される運動は人をどこにも連れてゆかず、エネルギーだけが消費される。観客や参加者がパフォーマンスから得たのは、実用性のない純粋な遊びにエネルギーを消費することの楽しさだった。パフォーマンス後、乗り物は彫刻として展示され、その日常の道具の奇形化した姿から、パフォーマンスで示された「用途からの逸脱」のテーマが想起された。

 曽根のその後の作品でも、一見不毛な労力と消費を触発する旅や遊びが仕掛けられ、現実の境界を超越しようとする曽根の発想を観客に伝えている。『ナイト・バス』(1995)は、曽根が友人や助手たちに、アジアや西海岸夜行バスで旅行して車窓からの風景をビデオで撮るよう指示を与え、その結果を編集したビデオ作品だった。そこでは、マルセル・デュシャンの『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも』(通称『大ガラス』)などを思わせる「インストラクション・アート」(観客や作者の代行者に指示を与え、その行為によって作品を完成させる芸術)の方法が効果的に用いられ、家にとどまりながらも日常とは違う世界を俯瞰する。96年に同作によってフィリップモリス・アート・アワード受賞。

 曽根の作風に変化の兆しが現れるのは、96年に東京・三鷹市芸術文化センターで発表された『スクープ』からである。同作はタイ、チエンマイのジャングルで撮られたビデオ作品で、「驚くべきこと」を求めてジャングルに入った探検隊が、目的を忘れてジャングルそのものを楽しむさまが、彼らを見守る架空の生き物の視点から撮られた。「目的をもった旅」という枠組みが、純粋な遊戯のための器になる過程は、『ナイト・バス』などに通じるが、実際の曽根の探検の記録が、初期に見られた机の上で組み立てられたような自己言及的構造から作品を解放している。その後も、中国返還直前の香港の夜景に触発され制作した大理石の都市模型『雪豹』(1998)、ボルネオ島の熱帯雨林をさまよった体験を、夕方の空を飛ぶコウモリの大群を映したビデオとジャングルの模型やスケッチによるインスタレーションで表現した『魔法の杖』、ジェットコースター形の大理石の彫刻作品『アミューズメント』(ともに1999)、その拡大版を庭園の中に建てる様子を記録したビデオ『アミューズメント・ロマーナ』(2001)などの作品で、彼自身がある場所と触れ合った体験のエッセンスを切り取っている。

 2002年、豊田市美術館での個展は『アミューズメント』の巨大バージョンを中心に、鉢植えの熱帯植物を設置して人工的なジャングルがつくられ、その中に曽根のこれまでの代表的な作品の一部が設置されるという、回顧展的なものとなった。そこでスケッチで発表された『ダブルリバー島』は、二つの川が交錯しながら流れる架空の島だが、展覧会全体が「ダブルリバー島への旅」と題されたところに、まだ見ないものへの憧れを喚起する曽根の初期作品の精神が呼び戻されている。『ダブルリバー島』の模型はベネチア・ビエンナーレ(2003)における日本館の正式出品作品として展示された。

 95年スウェーデン、マルメ市のルーゼウアム現代美術館における「ヌトピ」展、97年ドイツのミュンスター彫刻プロジェクト、97~99年ウィーンのゼツェッション美術館をはじめヨーロッパと北米7か所を巡回した「移動する都市」展、99年ソウルのアートソンジェ・センターで行われた「ファンシー・ダンス 1990年以降の日本の現代美術」展、2001年横浜トリエンナーレ、イスタンブール・ビエンナーレ、02年シドニー・ビエンナーレ、サン・パウロ・ビエンナーレなど、重要な国際展に参加。2000年よりカリフォルニア州立大学ロサンゼルス校で彫刻を教える。

[松井みどり]

『「ダブルリバー島への旅」(カタログ。2002・豊田市美術館)』

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