朝酌郷(読み)あさくみごう

日本歴史地名大系 「朝酌郷」の解説

朝酌郷
あさくみごう

現松江市朝酌町地域にあった国衙領。朝汲とも記す。建長元年(一二四九)六月日の杵築大社造営所注進状(北島家文書)に流鏑馬勤仕の一三番および相撲勤仕の一〇番として「朝酌郷」がみえる。郷内には公田の一部を割いて伊弉諾いざなぎ(現真名井神社)の神田が設定されており、同五年一二月その二町の田地が国造出雲義孝の知行と認められ(「出雲国司庁宣」千家家文書)、文和三年(一三五四)三月二八日には国造北島貞孝が亡父孝時の譲りに従い、これを子息景孝に永代譲渡している(「国造貞孝・同孝宗譲状写」同文書)


朝酌郷
あさくみごう

和名抄」所載の郷。諸本とも訓を欠くが、アサクミであろう。「出雲国風土記」によれば島根郡八郷の一つで、郡家の南一〇里余に郷長の家があり、地名は熊野大神命が朝夕の食事を賄う部族の居住地と定めたことに由来するという。郷内に設けられた二ヵ所の渡しのうち朝酌渡は広さ八〇歩ほどの、出雲国庁から海辺に向かう道にあると記されており、公用の渡場のようである。その西の朝酌促戸あさくみのせと渡は規模の記載はないが、中海に東西に筌が仕掛けられ、大小雑魚が水揚げされて浜は騒がしく、家が賑わい、各地から市人が集まり、店舗住宅が並んでいた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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