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本間精一郎 ほんま せいいちろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

本間精一郎 ほんま-せいいちろう

1834-1862 幕末の尊攘(そんじょう)運動家。
天保(てんぽう)5年生まれ。江戸にでて勘定奉行川路聖謨(としあきら)の中小姓(ちゅうごしょう)となり,安積艮斎(あさか-ごんさい)にまなぶ。川路にしたがって京都にいき,諸国の勤王派とまじわった。その言動が同志の反感をかい,文久2年閏(うるう)8月20日殺された。29歳。越後(えちご)(新潟県)出身。名は正高。字(あざな)は至誠。号は不自欺斎。

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朝日日本歴史人物事典の解説

本間精一郎

没年:文久2.閏8.20(1862.10.13)
生年:天保5(1834)
幕末の尊攘派志士。越後国(新潟県)三島郡寺泊町の商人本間辻右衛門の長子。名は正高,字は至誠,号は不自欺斎を称した。安政初年には幕臣川路聖謨 に仕えていたが,安政5(1858)年の安政の大獄を契機に志士となって活動を開始した。京坂で志士と交わり,また青蓮院宮など公家の間にも出入りし,急進的な活動を展開した。しかし藩に属さない活動は薩摩や土佐の志士から反感を買い,さらにその酒色に溺れた生活に悪評が立ったのち,文久2(1862)年閏8月20日島原遊廓からの帰途を薩摩の田中新兵衛,土佐の岡田以蔵らに斬られ,梟首された。<参考文献>太田仁一郎編『贈従五位本間精一郎君事蹟』

(高木俊輔)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

ほんませいいちろう【本間精一郎】

1834‐62(天保5‐文久2)
幕末の尊攘志士。越後寺泊の醸造家の長男。正高と名のり,江戸に出て川路聖謨(としあきら)に仕えたが,在京中安政の大獄により捕らえられ,出獄後尊攘志士との交流を深めた。しかし草莽(そうもう)出身者として自藩意識にとらわれず,薩土の尊攘派とは対立的であった。1862年(文久2)いわゆる〈天誅〉が続発していたころ,和宮降嫁の中心であった岩倉具視らを排撃する動きがたかまり,とくに本間の激越な手段が公卿を威嚇していた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

本間精一郎
ほんませいいちろう
(1834―1862)

幕末の草莽(そうもう)志士。天保(てんぽう)5年正月24日越後(えちご)(新潟県)寺泊(てらどまり)(現長岡(ながおか)市)の商家に生まれる。幼名精兵衛(せいべえ)、名は正高、字(あざな)は至誠(しせい)、号は不自欺斎(ふじぎさい)。1853年(嘉永6)江戸に上り幕臣川路聖謨(としあきら)の中小姓(ちゅうごしょう)となり、昌平黌(しょうへいこう)の安積艮斎(あさかごんさい)に学んだ。59年(安政6)川路に随行して西上したころから勤王活動を深め、安政(あんせい)の大獄で伏見(ふしみ)に入獄。出獄後、京を中心に活動し、青蓮院(しょうれんいん)宮家に出入りして諸国浪士と交わり、長州、四国、九州に遊説した。好んで長刀を帯び、言説は雄弁過激で同志の反感と誤解を買うこともあった。そのため文久(ぶんきゅう)2年閏(うるう)8月20日斬殺(ざんさつ)され四条河原に梟首(きょうしゅ)された。犯人は土佐藩士ともいう。長岡市寺泊地区に生誕地の碑がある。[真水 淳]
『田中惣五郎著『北越草莽維新史』(1980・柏書房)』

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