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柳寛順 りゅうかんじゅん

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百科事典マイペディアの解説

柳寛順【りゅうかんじゅん】

〈朝鮮のジャンヌ・ダルク〉と称えられる独立運動家。忠清南道天安郡の生れ。1919年三・一独立運動に参加後,郷里で独立宣言文を朗読,デモ行進を組織したが逮捕。獄中でも闘争を展開し,拷問で発病,16歳で獄死。

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世界大百科事典 第2版の解説

りゅうかんじゅん【柳寛順 (R)Yu Kwan‐sun】

1904‐20
朝鮮の独立運動家。忠清南道天安郡の生れ。梨花学堂在学中,1919年三・一独立運動に参加,帰郷して示威運動を計画。4月1日並川の定期市日に集まった群衆に太極旗を配り,独立宣言文を朗読,示威行進を組織した。彼女はデモの先頭に立ち指揮をとったが,憲兵の発砲により自分の両親を含む30余人の死者を出した。寛順は負傷逮捕され,首謀者として懲役3年を宣告されたが,日本に裁く権利はないと獄中闘争を展開した。上告審では法廷侮辱罪を加算されて懲役7年となったが,最後まで節をまげなかった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

柳寛順
りゅうかんじゅん / ユグァンスン
(1904―1920)

朝鮮の民族解放に殉じた少女。梨花学堂学生であった。15歳のときソウル三・一独立運動に参加した学生リーダーの一人。学校閉鎖後、故郷の忠清南道に帰り、天安、燕岐(えんき)、清州、鎮川(ちんせん)など各地で運動の継起を企図した。並川市場蜂起(へいせんいちばほうき)を指揮して逮捕、投獄された。日本当局の拷問に屈せず、裁判の不当を糾弾し続け、民衆に民族独立の正当性、祖国愛の尊厳を教えた。拷問により病死。「朝鮮のジャンヌ・ダルク」ともいわれている。[姜 徳 相]

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