慶事・弔事などで多くの膳椀(ぜんわん)が入用のときに、淵(ふち)や洞穴に頼めば貸してくれるという伝説。全国的な分布をもち、土地によっては膳椀淵、椀貸淵、椀箱淵、膳貸塚などと呼び名が異なる。愛知県岡崎(おかざき)市の乙(おと)川にある男竜(おりゅう)淵・女竜(めりゅう)淵は、昔、謂信寺(いしんじ)の稚児(ちご)がこの淵に入って竜宮王になったと伝え、それからのち、謂信寺で種々の器が必要なときには、紙に記して淵に沈めれば、ただちに膳が浮き上がってきた。あるとき、供物の膳の一部を手元に残して返したために、以後は貸してくれなくなったという。千葉県印旛(いんば)郡栄(さかえ)町の御椀(おわん)塚は、深い洞穴で、村人が膳椀を頼むと翌朝には取りそろえてあったといい、たまたま借りた器を返さぬ者がいたために、その後は貸さなくなったと伝える。椀の貸し主は、竜神、大蛇、乙姫(おとひめ)など水界の霊威である淵の主が多く、淵や洞穴は富や幸をもたらす異郷に通ずる場所と意識されていた。多くの話がなんらかの理由で椀貸しが停止された原因を説いており、とりわけ、借りた器の一部を返却しなかった、もしくは破損したためと説明する例が多い。なかには、返さなかった膳椀を代々伝えている家もあり、水界となんらかのかかわりをもつ家筋あるいは人物の存在が想定される。返さなかったと伝える椀のなかには、木地屋の紋所のついたものもあって、話の背後に木地師の関与も考えられる。
[野村純一]
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