日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
植物ホルモン作用攪乱型除草剤
しょくぶつほるもんさようかくらんがたじょそうざい
除草剤を阻害作用で分けたときの分類の一つ。植物ホルモンのバランスを攪乱させ生育を妨げることにより雑草を防除する。植物ホルモンは、植物の生理反応と生育を制御するため、植物体内で適切な濃度に調節されているが、その調節が攪乱されると植物は異常をきたし、枯死に至る。たとえばフェノキシ酢酸系除草剤は、低濃度では植物ホルモンの一つであるオーキシン(インドール酢酸)と同様の作用を発現することから、合成オーキシンともよばれるが、高濃度では細胞の異常な分裂・伸長、植物体の屈曲・捻転(ねんてん)をきたし、また生理作用としては、植物ホルモンのエチレンやアブシシン酸の生成促進などにより除草活性を発揮するとされている。エチレン生成と同時に発生する青酸(シアン化水素酸=HCN)が除草活性に関与するとの説もある。
フェノキシ酢酸系除草剤は、1942年にアメリカのツィンマーマンPercy W. Zimmerman(1884―1958)によるフェノキシ酢酸を基本化学構造とする2,4-D(2,4-ジクロロフェノキシ酢酸)のオーキシン作用の発見が端緒であり、1944年にはハムナーCharles L. Hamner(?―2000)により広葉雑草に対し選択的除草効果がみいだされた。日本には1945年(昭和20)に導入され、広葉雑草に感受性が高く、イネ科の植物は低感受性を示すことから、とくに、水稲用除草剤として普及した。今日でも広葉雑草に対する選択的除草剤として使用されている。
フェノキシ酢酸系除草剤の一つである2,4,5-T(2,4,5-トリクロロフェノキシ酢酸)を有効成分とする除草剤はオレンジ剤とよばれ、ベトナム戦争で枯れ葉剤として使用された。オレンジ剤は、有効成分の2,4,5-Tと副生成物の2,3,7,8-TCDD(2,3,7,8-テトラクロロジベンゾダイオキシン)を含んでいた。この2,3,7,8-TCDDは、ダイオキシン類のなかでももっとも毒性が高いといわれている。しかし、同じフェノキシ酢酸系除草剤のMCPA(2-メチル-4-クロロフェノキシ酢酸=2-methyl-4-chlorophenoxyacetic acid)とMCPB(2-メチル-4-クロロフェノキシ酪酸=2-methyl-4-chlorophenoxybutyric acid)は、構造改変により副生成物のダイオキシン類が生成しない。MCPBは、植物体内でβ(ベータ)酸化を受けてMCPAに代謝され除草活性を発現する。エンドウのようにβ酸化能力が欠けている植物は、MCPBをMCPAに代謝できないため、影響を受けない。
[田村廣人]