翻訳|auxin
植物ホルモンの一種。インドール酢酸と同じ生理作用をもつ有機化合物の総称で、とくに低濃度で茎の細胞伸長を促進する。天然のオーキシンであるインドール酢酸のほかに、2,4-D、α(アルファ)-ナフタレン酢酸、β(ベータ)-ナフトキシ酢酸、2,4,6-トリクロロ安息香酸などの合成オーキシンがある。
[勝見允行]
オーキシン研究の歴史は、進化論で有名なチャールズ・ダーウィンとその息子フランシスFrancis Darwinの植物の運動に関する研究にまでさかのぼる。彼らは『植物の運動の力』(1880)という本のなかで、カナリアソウの子葉鞘(しようしょう)の屈光現象は、子葉鞘の先端が側光を感知し、何かの刺激が下部へ伝えられて、そこで屈曲を引き起こすことによると結論した。その後デンマークのボイセン・イェンセンが、1913年この刺激は化学的なものであることをみつけた。ハンガリーのパール・アルパードPaál Árpúd(1889―1943)はマカラスムギの子葉鞘の先端を切り取って、切り口にずらしてのせると、暗黒中でも、先端をのせた部分とは反対側へ屈曲がおこることをみつけ、屈曲は先端でつくられる一種の成長物質に関係があることを示した(1919)。オランダのウェントFrits Warmolt Went(1903―1990)は同じ材料で、切り取った先端を寒天塊の上にのせて、この物質を寒天中に拡散させて集めることに成功した(1928)。先端を除いた子葉鞘の切り口にこの寒天塊をずらしてのせ、暗黒中に置くと、やはり屈曲がみられた。ウェントは、寒天中に含まれる成長素の濃度と子葉鞘の屈曲の角度は、ある範囲内で比例することから、この原理に基づいてオーキシンの生物試験法を考案した(アベナ屈曲試験)。オーキシンの語源はギリシア語のauxein(成長する)で、オランダのケーグルF. Köglが1931年に名づけた。オーキシン作用をもつ物質は広く生物界に分布し、ケーグルらは人尿からこの物質を単離し、それがインドール酢酸であることを明らかにした(1935)。その後、インドール酢酸が植物体に存在する天然のオーキシンであることがわかった。
[勝見允行]
オーキシンは細胞伸長を促進する主作用のほかに、単為結実、果実の成長、形成層分裂などを促進し、根の成長、側芽の成長を阻害する。側芽の成長阻害は頂芽優勢の現象(頂芽がその下位の側芽の成長を抑制する現象)とかかわっている。茎頂部からは下方へオーキシンが輸送されるが、下部にある側芽の成長はオーキシンによって抑制される。これは側芽の成長を促すサイトカイニン(植物ホルモン)の側芽における合成が阻害されるためと考えられている。頂芽優勢が強いと植物体の分枝は弱くなる。オーキシンはほかに不定根形成、導管分化、花器官の分化などでも重要な働きをしている。オーキシンがこれらの作用をどのようにしてもたらすのかは、まだはっきりわかっていないが、代表的な作用である細胞伸長促進については、次のようなことが明らかにされている。植物細胞の伸長は、主として細胞の吸水によっておこる。オーキシンは細胞に作用して細胞壁を緩め、その伸展性を増加させることによって、より多くの吸水を可能にする働きをもつということである。またオーキシンによる細胞壁の緩みの機構は次のように理解されている。オーキシンの働きで細胞膜から細胞壁へのプロトン(水素イオン)の分泌が増加し、pH(ペーハー)が低下して緩みに関与する細胞壁の酵素を活性化することと、新たな遺伝子発現によって緩みに必要な新たなタンパク質の合成を促進することの両方による。
オーキシンはアミノ酸の一種であるトリプトファンから三つの経路で合成されうるが、植物体で実際にどの経路が働いているかは確定していない。また、トリプトファンからでない合成も示唆されている。
[勝見允行]
『増田芳雄著『植物の細胞壁』(1986・東京大学出版会)』▽『増田芳雄著『植物生理学』(1988・培風館)』▽『倉石晋著『植物ホルモン』(1988・東京大学出版会)』▽『勝見允行著『生命科学シリーズ 植物のホルモン』(1991・裳華房)』▽『増田芳雄編著『絵とき 植物ホルモン入門』(1992・オーム社)』▽『高橋信孝・増田芳雄編『植物ホルモンハンドブック』上(1994・培風館)』▽『小柴共一・神谷勇治編『新しい植物ホルモンの科学』(2002・講談社)』
植物ホルモンの一つで,最も研究の歴史の古いものである。19世紀後半から20世紀初めにかけての研究により,光を植物の生長点にあてると,光の方向に植物が生長する現象,すなわち屈光性は,光の刺激を受けた頂端部から,その下部にある生長域へある種の物質が移動することによって刺激が伝達されて起こると考えられていた。1928年ウェントFrits W.Wentは,マカラスムギ(エンバク)Avena sativa L.の幼葉鞘(ようしよう)の先端を切断し,その先端部を寒天の細片上にのせ,しばらく放置したのち寒天片を,先端を切断した葉鞘の一側面に付着させると,幼葉鞘は寒天をのせた側と反対の方向に屈曲することを見いだした。この事実は,マカラスムギの先端部である種の生長促進物質が作られ,これが寒天中に拡散したことを示す。31年から35年にかけて,ケーグルF.Köglらはこの生長促進物質の単離を試み,人尿,麦芽,トウモロコシ油から,オーキシンa,b,オーキシンaラクトンの3種の活性物質を単離し,構造も決定した。引き続きケーグルらは人尿から第4のオーキシンを単離したが,これはすでに発酵液から単離されていたインドール-3-酢酸(IAA)であった。オーキシンa,b,オーキシンaラクトンは,その後の研究において再度単離することができず,またケーグルの試料の再調査によって,これらオーキシンが実在しなかったと結論された。IAAは当時ヘテロオーキシンと呼ばれていたが,その後,植物界に広く分布し,重要な生理機能を果たしていることが明らかになり,現在では真性オーキシンはIAAと考えられている。
IAAの示す最も顕著な生理作用は,幼植物の細胞伸長効果であり,この生理作用を用いたアベナ伸長テスト,アベナ屈曲テストなどが生物試験法として考案されている。アベナ屈曲テストの最低検出感度は約0.01mg/lである。また植物の示す屈性,例えば屈光性,屈地性や頂芽優勢の現象(植物に頂芽が存在すると腋芽(えきが)が伸長しない現象)にIAAが関与していることが証明されている。IAAは切除した茎,葉から不定根の発生を促進する作用を有する。植物の葉や果実が茎から脱落する現象は脱離現象と呼ばれ,植物の示す重要な生理現象である。この現象は,IAAをはじめ他の植物ホルモン,アブシジン酸やエチレンによって巧妙に制御されているが,IAAは脱離を遅延させる役割を果たす。植物のめしべの下部にある子房は受粉後受精がおこると肥大を始めて果実を形成する。受精した子房中のIAAの量が増大することから,結実にIAAが重要な役割を果たしていることがわかる。またある種の植物,例えばトマトなどでは,花粉の代りにIAAをめしべにつけると,受精が起きないのに果実の肥大が起こる。この現象を単為結実と呼ぶ。IAAのほかに,ジベレリンやサイトカイニンも単為結実誘起作用を有する。植物の茎や葉の切片を高濃度のIAAや後出の合成オーキシンを含む培地で培養すると,切片から無定形で無方向に増殖する細胞群(カルス)が発生する。この現象を脱分化と呼ぶ。脱分化の状態のまま細胞群を増殖しつづけさせるためには,培地中に一定濃度のオーキシンとサイトカイニンが存在することが必要である。両者の比率を変えると根と茎がカルスから発生することがある。これを再分化と呼ぶ。オーキシン類は脱分化,再分化において,組織の脱分化誘導や細胞群を脱分化の状態に保つ役割を果たす。
IAAが発見されてから,多数のIAA関連化合物が合成され,2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)や,α-ナフタレン酢酸(NAA)などオーキシン活性の高い合成オーキシンが見いだされた。2,4-Dは低濃度では強いオーキシン活性を示すが高濃度では殺草活性を示し,実用化された最初の除草剤となった。また2,4-Dをモデルにして,フェノキシ酢酸系と呼ばれるホルモン型除草剤多数が開発された。NAAは発根剤などの植物化学調節剤として農業面で利用されている。
執筆者:高橋 信孝
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植物ホルモンの一つ.1931年,F. Köglらが人尿から得た植物の生長を促進する作用のある物質に命名したもの.現在では,天然オーキシンおよびこれらと同じ作用を示す化合物の総称である.オーキシンとして,3-インドリル酢酸がもっともよく知られており,微量で茎の伸長促進作用,発根作用,落葉や落花を防ぐ作用などがある.しかし,高濃度ではかえって生長が阻害される.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
…癒傷組織ともいう。最近ではこの定義を拡大して,植物体の一部を植物ホルモン(オーキシンやサイトカイニンなど)を含む培地上で培養したとき生じる人工的な細胞塊もカルスという。すでに分化していた細胞が,外的条件によって脱分化する例の典型で,カルスは活発な増殖を行ったのち,やがて再分化することが多い。…
…屈光性の存在は,すでに1880年にC.ダーウィンがイネの子葉鞘(しようしよう)での観察にもとづいて指摘している。ウェントF.W.Wentは,アベナの子葉鞘の先端部で形成されたオーキシンが基部へ輸送される途中で片面を照射すると,光側のオーキシンの流れが影側へとそらされ,その結果として影側でのオーキシン濃度が増加し光側で減少することを明らかにした(1928)。他方,オーキシンの分布は重力によっても影響されるという考えがコロドニーN.Cholodnyによってすでに指摘されていた(1924)。…
…花芽形成については,光周性や花成ホルモンと関連した研究が数多い。挿木の切穂にオーキシンのような生長調節物質を与えると,根の形成が促進されたり,ふつうは根をつくらないような挿木に根ができたりすることは園芸上よく知られている。また,カイネチンは芽の形成に有効であることが示され,そのほかジベレリンやショ糖のような物質も,組織に応じて特異な作用を示す。…
※「オーキシン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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