エチレン(読み)えちれん(英語表記)ethylene

翻訳|ethylene

日本大百科全書(ニッポニカ) 「エチレン」の意味・わかりやすい解説

エチレン(植物ホルモン)
えちれん
ethylene

植物ホルモンの一種。常温で気体の単純な炭化水素化合物CH2=CH2であることが、他の植物ホルモンと比べて著しく異なる。エチレンの代表的作用は果実の成熟促進である。アボカドイチジク、カキ、トマト、ナシ、バナナ、マンゴー、リンゴなどの果実では成熟が始まる前にエチレンが増加する。そして果実の成熟の進行とともに呼吸が著しく増加する。これが引き金となってエチレンが急激に増加して、果肉の軟化など追熟がおこる。このような型の果実はクリマクテリック型果実とよばれる。これに対して、エチレンの生成が低い果実は非クリマクテリック型とよばれ、イチゴ、サクランボ、スイカ、パイナップル、ブドウなどがある。エチレンは果実の組織で細胞壁の分解にかかわるポリガラクチュロナーゼやセルラーゼという酵素の合成を誘導して、果実の軟化を促す。エチレンはほかに、落葉・落果の促進、茎や根や芽の伸長抑制、不定根形成、細胞肥大、ある種の植物の種子発芽、パイナップルやマンゴーの花芽形成などを促進する。また、カーネーションの花の眠り、カトレアの花の傷害などをもたらす。

 エチレンはアミノ酸の一種であるメチオニンS-アデノシルメチオニン(SAM)に変わり、1-アミノシクロプロパン―1-カルボン酸(ACC)を経て生合成される。エチレン合成はオーキシン(植物ホルモン)によって誘導される。また、病害、傷害、接触などの機械的刺激といったストレスを受けると、多量のエチレンを生成する。これらの場合、いずれもエチレン合成における調節酵素であるACC合成酵素の合成を通してエチレンの生成が調節される。

 エチレンはトマトやバナナの成熟促進、アイリススイセンフリージアなどの球根の休眠打破と花成の促進、パイナップルの開花促進に使われている。また、茎を肥大させる効果を利用してモヤシの栽培にも使われている。野菜や果物は収穫後も自ら出すエチレンのせいで老化が進行する。そこで、エチレンの生成や作用が抑えられるように高二酸化酸素(CO2)、低酸素(O2)の条件下でCA貯蔵(controlled atmosphere storage)が行われている。また、エチレンを吸収する過マンガン酸カリウムのような吸着剤を用いたり、特殊な加工をほどこしたポリエチレンフィルムの袋が使われている。切り花の鮮度を保持するためには、エチレン合成を阻害する化合物が用いられる。

[勝見允行]

『増田芳雄著『植物生理学』(1988・培風館)』『下川敬之著『エチレン』(1988・東京大学出版会)』『倉石晋著『植物ホルモン』(1988・東京大学出版会)』『勝見允行著『生命科学シリーズ 植物のホルモン』(1991・裳華房)』『増田芳雄編著『絵とき 植物ホルモン入門』(1992・オーム社)』『高橋信孝・増田芳雄編『植物ホルモンハンドブック』下(1994・培風館)』『漆崎末夫著『農産物の鮮度保持――エチレン制御とその利用』(1997・筑摩書房)』『今関英雄・柴岡弘郎編『植物ホルモンと細胞の形』(1998・学会出版センター)』『小柴共一・神谷勇治編『新しい植物ホルモンの科学』(2002・講談社)』


エチレン(脂肪族不飽和化合物)
えちれん
ethylene

もっとも簡単なアルケン。正式の命名法に従うとエテンetheneというが、慣用名のエチレンがよく用いられる。

 その分子構造は次の通りである。すなわち、炭素‐炭素二重結合の間隔は飽和炭化水素のエタンなどの154ピコメートルに比べて短いが、それに結合する水素との結合間隔はエタンと等しく110ピコメートルである。


 エチレンは石油化学工業のもっとも基本的な物質であり、したがって合成有機化学工業においてきわめて重要な物質であり、その生産量ないしは使用量は、その国の化学工業の規模を示す尺度になるともいわれる。

[徳丸克己]

製造法

石油化学工業では、原油を蒸留後、エチレンよりも分子量の多い飽和炭化水素(アルカン)の留分をクラッキング(熱分解)して製造する。日本とヨーロッパでは主としてナフサを原料とし、天然ガスの豊富なアメリカではエタンやプロパンを原料として熱分解を行う。クラッキングでは、これらの原料の蒸気を水蒸気で希釈し、800℃程度に加熱した炉に1秒あるいはそれ以下の接触時間で通過させ、生成するエチレン、水素およびその他の炭化水素を分離精製する。一般に石油化学コンビナートはエチレンの製造プラントを中心として成り立っている。日本はアメリカに次いで世界第2位のエチレン生産能力をもち、年間約800万トン生産される。

[徳丸克己]

性質

無色の芳香性をもつ可燃性の気体。空気との混合物は引火すると爆発をおこしやすく、また空気中では煤(すす)の多い赤い炎をあげて燃える。二重結合をもつので、反応性が高く、付加反応をおこしやすい。酸性で水を付加させてエタノールエチルアルコール)とし、また銀触媒を用いて酸素によりアセトアルデヒドあるいは酸化エチレン(オキシラン)に酸化する。後者は重合させてカーボワックス(ポリエチレングリコール)とし、各種の基材に利用される。また塩化パラジウムを触媒として水中で酸素と反応させ、アセトアルデヒドとし、これから酢酸を製造する。さらにツィーグラーらが開発したトリエチルアルミニウムを用いる触媒により重合させてポリエチレンをつくる。

[徳丸克己]

用途

エチレンには果実を成熟させるなど植物に対する生理作用があるので、青いバナナをエチレンで処理して黄色くするのに用いられる。しかし、エチレンのおもな用途は、エチレンを原料として多数の有用な物質、すなわち、合成繊維、合成樹脂、合成塗料などやそれらの製造のための中間体を製造することにあり、石油化学工業の基幹をなすものである。たとえば、エチレンの酸素酸化で生成する酸化エチレンを水と反応させて得られるエチレングリコールをテレフタル酸と重合させてポリエチレンテレフタラートを製造する。これはポリエステルの一種で繊維をはじめ各種の用途に用いられる。

[徳丸克己]


エチレン(データノート)
えちれんでーたのーと

エチレン
  H2C=CH2
 分子式 C2H4
 分子量 28.1
 融点  -169.2℃
 沸点  -103.7℃
 比重  0.6246(測定温度-145℃)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「エチレン」の意味・わかりやすい解説

エチレン
ethylene

(1) エテンともいう。エチレン系炭化水素の最も簡単なもの。化学式 CH2=CH2 。無色でかすかに甘い匂いのある引火性の気体で,沸点-104℃。水に難溶,エチルアルコール,エーテルにはいくぶん溶ける。二重結合特有の付加反応を起す。酸化剤によって容易に酸化され,酸化剤の種類によって種々の生成物を生じる。また接触還元によってエタンを生成する。エタンに比べて不安定だが,植物界には広く存在し,ホルモンとして働いている。工業的には石油留分の高温分解によって製造される。石油化学製品のほとんどがエチレンを出発原料にしている。たとえば,重合によるポリエチレン,酸化によるエチレンオキシドの製造,その他エチルアルコール,アセトアルデヒド,酢酸,酢酸ビニル,塩化ビニル,スチレンなど多数の製品が誘導される。 (2) -CH2CH2- で表わされる2価の基。遊離の状態では存在しない。

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