改訂新版 世界大百科事典 「植物検疫」の意味・わかりやすい解説
植物検疫 (しょくぶつけんえき)
plant quarantine
植物に寄生する病菌・害虫が付着・混入して他地方から侵入するのを防ぐための制度。北アメリカからヨーロッパに侵入したタバコべと病,第2次大戦後日本に侵入したジャガイモ輪腐(わぐされ)病,雑食性害虫アメリカシロヒトリなどは,いずれも未発生の新天地で病害虫が猛威を振るった例である。一般に病害虫は処女地では急速にまんえんし,作物に大きな被害を与える。これは新天地には病害虫に対しての拮抗菌,競争種や天敵がいないために,害菌,害虫の独走態勢を許すからだと考えられている。昔は自然立地条件の海洋,山脈などが病原の移行を阻止していたが,しだいに大陸間の往来もしげくなり,むやみに病害虫が移動,伝播(でんぱ)しないように人為的な規制が必要となった。国際的には各国の自主的な植物検疫の努力のほかに,各国相互の協力を強化し互いに相手国の検疫要求に応えようとして,1951年FAO総会で国際植物防疫条約が採択され,翌年発効した。日本では1914年に輸出入植物取締法が公布されて植物の自由な移動が制限されたが,その後50年に制定された植物防疫法に発展して法的な基礎をもってきた。植物検疫の業務に携わる役所が植物防疫所で,全国5ヵ所(横浜,名古屋,神戸,門司,那覇)に配置され,それぞれが支所・出張所を置いている。
植物検疫には国内検疫と輸出入検疫がある。
国内検疫
日本の国内検疫は種苗検査の形で行われる。例えばジャガイモではウイルス病,シストセンチュウなどの病害虫を防ぐために,検疫官が無病合格とした種いもだけが販売される。これはジャガイモ原原種農場,ジャガイモ原種農場の重要な役目である。発生予察の強化とあいまって,国内に侵入した重大な損害を与えるおそれのある病害虫を認めたときは,知事は農林水産大臣に報告しなければならない。また沖縄,奄美,小笠原諸島には農作物に重大な被害を与える特別の害虫が存在するので,あらかじめ寄主となる植物の移動が制限されている。
輸出検疫
日本から輸出される植物について輸入国から要求される検疫が主である。輸入国では病害虫の脅威から,年々厳しい精密な検査を要求してくる傾向にある。チューリップ,ユリなどについては,ウイルス病を対象として無病検査を行って輸出する。またウンシュウミカンは,潰瘍病無病栽培地の設定,ファージテスト施行などの条件つきで日本からの輸出を受け入れる国がある。
輸入検疫
外国から持ち込む植物はすべて植物検疫が必要で,土の付着している植物や,植物の病害虫はすべて輸入は禁止されている。空港,海港での肉眼による1次検査および防疫所内で行う科学的第2次検査によって厳重にチェックする。日本への生鮮植物輸出国からは絶えず検疫緩和の要求が出されているが,とくに種苗の検査は最も重要な検疫で,あまり緩めることはできない。1978年には〈特定病害虫検疫要綱〉が制定され,さしあたり病原菌11種,害虫17種,線虫2種を指定して侵入を警戒している。
執筆者:寺中 理明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報