遺伝的浮動ともいわれる。個体数がNの集団は前の世代の個体が作った多数の配偶子から機会的に選ばれた2N個の配偶子から成り立っている。この過程である遺伝子が偶然に何回も選ばれたり,また選ばれなかったりするから自然淘汰や移住がなくても遺伝子頻度は変化していく。この集団が有限であることに起因する機会的な遺伝子頻度の変化を機会的浮動という。この結果,小さい集団では対立遺伝子の片方が消失し,遺伝子の固定が起こりやすく,これが変異の減退をもたらし,進化の上で重要な意味をもつということはすでにハーゲドールンA.L.Hagedornら(1921)によって指摘され,R.A.フィッシャー,ライトS.Wrightにより理論的に研究された。特にライトは1931年以後遺伝子頻度の機会的変動の進化における役割を明らかにし,後にその重要性が多くの生物学者に認識されるようになると,ライト効果Wright effectという言葉まで同義語として用いられるようになった。機会的浮動は有限集団であれば,自然淘汰とは独立に働くが,その効果が顕著に現れるのは自然淘汰の効果が相対的に小さく,集団の個体数が小さくなったときである。集団の個体数が一度でもひじょうに小さくなれば,集団の遺伝的組成はそのときの影響を強くうけるという瓶首効果bottle neck effectや,大集団から分かれて新たにできた小集団では創始時の遺伝的組成が,後々まで影響を及ぼすという創始者原理founder principleも機会的浮動の一面である。また機会的浮動は分子進化の中立説の基礎理論としてその重要性が広く認められつつある。
執筆者:大西 近江
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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