改訂新版 世界大百科事典 「分子進化」の意味・わかりやすい解説
分子進化 (ぶんししんか)
molecular evolution
生物進化の分子レベル,すなわちタンパク質や核酸レベルでの進化。生物の系統関係を明らかにし,進化をあとづけるためには,現存生物の比較研究が不可欠である。初期には外部形態(比較解剖学)やその形成(比較発生学)の比較が研究の主流であったが,生化学の進展とともに,生体成分を比較する比較生化学が,1930-40年ころ一つの学問分野として確立した。脊椎動物におけるアンモニア,尿素,尿酸という窒素排出様態の比較研究はその一例である。核酸二重らせんモデルの発見(1953)にともない,遺伝情報であるDNAのヌクレオチド配列や,その情報を翻訳してつくられるタンパク質のアミノ酸配列を比較する方向が開けた。最初のうちは,脊椎動物のヘモグロビンや,酵母から植物,哺乳類まで全生物にわたるチトクロムcなど,20種のアミノ酸からなっていて比較のしやすいタンパク質にデータが集中した。やがて,70年代からは核酸の分析技術が進み,ヌクレオチド・レベルの比較が広範に進められる一方で,系統上の類縁度を,アミノ酸やヌクレオチドの配列の置換速度と関連づける種々の理論も提出されている。
広い意味での分子進化の研究には,ほかにも多くの側面があり,71年に創刊の専門誌《Journal of Molecular Evolution》は,分子進化の研究領域として6項目をあげている。すなわち,(1)始原的な生体分子合成とそれらの相互作用(生命の起源の問題)。(2)情報高分子の進化(核酸およびタンパク質の配列と高次構造の進化)。(3)遺伝学的調節機構の進化(現存生物の大前提である自己増殖の機構が分子的レベルで確立されてきた過程)。(4)酵素系とそれらの産物(比較生化学はこの面を扱う)。(5)高分子システムの進化(ミトコンドリア,葉緑体,膜系など細胞構造の進化)。(6)分子集団遺伝学の進化的側面。80年代からは,イントロン・エクソン構造や遺伝子の重複など,真核細胞の遺伝子構造に広く見られる特徴も,分子進化の大きな課題として浮上してきた。
執筆者:長野 敬
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報