光増感色素(読み)ひかりぞうかんしきそ(その他表記)photosensitizing dye

日本大百科全書(ニッポニカ) 「光増感色素」の意味・わかりやすい解説

光増感色素
ひかりぞうかんしきそ
photosensitizing dye

光化学反応において、少量の添加物が反応を促進することを光化学増感あるいは単に増感といい、その添加物のことを増感剤という。増感剤のうち、色素の分子骨格をもつものを、増感色素または光増感色素という。

 増感という用語は、元来は写真の用語で、写真感光材料感度を増大させることをさして用いられた。写真乳剤中の銀塩(臭化銀など)の増感法には、化学増感と分光増感があり、色素を用いるのは後者である。銀塩は、青、シアン、緑などの色光によって感光するが、黄や赤の色光には感光しない。しかし、適当な光増感色素を添加すると、波長の長い黄、赤や赤外の波長域も感光するようになる。これを分光増感(色増感、光学増感)という。

 銀塩写真術の創始は、L・J・M・ダゲールがフランス学士院で公表した1839年8月19日とされている。光増感色素の有効性は、1873年フォーゲルHermann Wilhelm Vogel(1834―1898)によって発見された。代表的な色素として、シアニン類()、メロシアニン類、オキソノール類などがある。これらは理論上、奇交互炭化水素陰イオンと等電子的である。すなわち、共役系(2個あるいはそれ以上の多重結合がそれぞれ1個の単結合をはさんで連なっている系)の不飽和炭化水素炭素原子に一つ置きに(交互に)*印をつけることができる炭化水素を交互炭化水素、できないものを非交互炭化水素という。*印の炭素数は*印のない炭素数と同数か、より多くつける約束になっている。これらの数が同数のもの(ベンゼン、1,3-ブタジエンなど)を偶交互炭化水素、*印のほうが多いもの(ベンジル基など)を奇交互炭化水素という。また等電子的とは、ここでは、ヘテロ原子(OやN)のπ(パイ)電子が共役系に含まれると考えたとき、炭化水素の共役系と電子状態が類似すると考えられることをいう。

 シアニン類など、奇交互炭化水素陰イオンと等電子的な色素では、共役系の鎖の長さを表すnの値が1増すごとに吸収極大波長(λ(ラムダ)max)が約100ナノメートルも長波長にシフトする。末端置換基R1、R2、R3、R4が左右で等しいものに比べ、対称性がくずれる度合いにしたがってλmaxは短波長にシフトする。両者の考え方を組み合わせると、非常に広い波長域にわたって増感色素の機能を微妙に調節することが可能である。分子設計手法が適用されて、製品の性能向上に成功をもたらした実例の一つである。

 増感剤は、光重合、光分解、光酸化などの光化学反応の促進、感光性樹脂、人工光合成色素増感太陽電池有機エレクトロルミネセンス(有機EL)、光導電性高分子の分光増感、光化学療法による癌(がん)(悪性腫瘍(しゅよう))の治療など、幅広い分野で利用されている。

[時田澄男]

『時田澄男著『化学セミナー9 カラーケミストリー』(1982・丸善)』『佐々木政子著「病気も光で治る」(日本化学会編『一億人の化学15 光が活躍する』所収・1993・大日本図書)』『稲垣由夫著「増感色素」(入江正浩監修『機能性色素の最新応用技術』所収・1996・シーエムシー出版)』『山崎巌著『光合成の光化学』(2011・講談社)』『杉森彰・時田澄男著『光化学――光反応から光機能性まで』(2012・裳華房)』


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