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正受庵 しょうじゅあん

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世界大百科事典 第2版の解説

しょうじゅあん【正受庵】

長野県飯山市にある臨済宗妙心寺派の寺。山号は小畝山。1666年(寛文6)松平忠俱の開基,道鏡慧端(えたん)(1642‐1721)の開山になり,慧端は76年(延宝4)より住庵した。慧端は至道無難の法を継いだ禅者で,正受老人と呼ばれ,この庵において白隠慧鶴を厳しく指導したことはよく知られている。1789年(寛政1)の《妙心寺末寺帳》に,東北寺(武蔵国江府渋谷)の末寺としてその庵名を見いだす。1873年無檀家のため廃庵されたが,84年山岡鉄舟らの尽力により再興された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

正受庵
しょうじゅあん

長野県飯山(いいやま)市飯山にある臨済(りんざい)宗妙心寺派の寺。小畝山(しょうほさん)と号する。本尊釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)。白隠の師である正受老人道鏡慧端(どうきょうえたん)(1642―1721)の草庵(そうあん)で、飯山の領主松平(桜井)忠倶(ただとも)が領内の小畝山に庵(いおり)をつくって正受に与えたもの。正受はここで母の李雪尼(りせつに)とともに無一物の坐禅三昧(ざぜんざんまい)の生涯を送った。寺には弟子白隠作の正受老人木像、正受が座った坐禅石、その遺偈(いげ)である「坐死 末後一句 死急難道 言無言言 不道不道」(坐死 末後の一句 死急にして道(い)ひ難し 無言(むごん)の言(げん)を言とし 道はじ道はじ)など正受ゆかりの品が残されている。1873年(明治6)廃寺となったが、山岡鉄舟らによって84年に再興された。県史跡に指定されている。[菅沼 晃]

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