歯みがき(読み)はみがき

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

歯みがき
はみがき

一般には歯ブラシで歯をみがくことをいうが、歯科医学では、種々の器具を用いて機械的に歯垢(しこう)(歯の表面に付着する乳白色の軟らかい有機性の物質)を除去する方法をいう。歯垢はむし歯(う蝕(しょく))、歯肉炎ならびに歯周炎の有力な原因物質であり、これらの病気を予防または治療するためには、歯垢を人為的に除去することが重要であるとされている。歯垢を除去したり、堆積(たいせき)を抑制したりすることを歯垢除去法(プラーク・コントロールplaque control)とよび、その方法は、(1)歯垢を機械的に除去する方法、(2)歯垢を溶解したり、殺菌剤を用いて歯垢形成の抑制を図る生物化学的方法の二つに大別される。歯みがきは、(1)に位置づけられる除去法であり、以下、器具別に説明する。[加藤伊八]

手用歯ブラシ

歯ブラシは植毛部と柄(え)からなっており、その種類は多種多様である。成人用および小児用があるほか、適用部位にあわせて、形態に特徴をもたせたものが考案されている。毛の材質にはブタやタヌキの天然毛、ゴム製、ナイロン製などがあるが、最近では、天然毛は歯垢除去効果がきわめて低いということから、人工毛のナイロン製が推奨されている。このほか、歯科医師の指導のもとに用いられる歯周疾患治療用歯ブラシがある。この歯ブラシは、治療効果を高めるために、植毛部の長さ、毛の硬さ、毛の長さ、毛の太さ、毛束の数などが調整されたものである。
 歯ブラシを選択する際の基準をいくつかあげると、(1)年齢や口に適した形や大きさであるもの、(2)植毛は乾燥しやすいもので、適当な強度と弾性をもち、先端の鋭くないもの、(3)植毛部の大きさが適当であるもの、(4)柄が変形せず、じょうぶなもの、となる。次に、手用歯ブラシでの歯のみがき方(ブラッシングbrushing)について述べる。
〔1〕スクラッビング法scrubbing method 頬側(きょうそく)をみがくときは、毛束を歯の側面に対して直角に当て、あまり振幅の大きくない前後方向の振動を10回くらい与える。これを1部位について数回繰り返す。口蓋(こうがい)側では、毛束の当て方を45度とし、同様の振動を繰り返す。この方法は、歯垢除去効果がもっとも高いといわれている。
〔2〕バス法Bass method 毛束は歯の植立方向に対して45度の角度に保ち、毛先を歯面と歯肉との間のすきま(歯周ポケット)に挿入して、前後的振動を与える方法である。歯周疾患のある患者に適しているといわれている。
〔3〕フォーンズ法Fone's method 頬側面(外側面)では、上下の歯をかみ合わせた状態で、毛先を歯面に当てて円を描きながら前方に移動させる。舌側面(内側面)では、歯面に歯ブラシを当てて前後に大きな振動を与える方法である。
〔4〕ローリング法roll method 毛先を歯肉側に向け、毛束の腹を歯肉辺縁部に圧接し、歯面をこするようにして歯ブラシを回転させる方法である。
〔5〕スティルマン改良法modified Stillman's method 毛先を歯肉側に向け、歯肉と歯面に圧接した状態で、圧迫振動を加える方法である。これを用いると、歯肉マッサージと歯垢除去の両方の効果が得られる。
〔6〕チャーターズ法Charter's method 毛先をスティルマン改良法と逆方向に向け、毛束の腹を歯肉に圧接し、数回回転運動させる方法である。歯垢除去効果もあるが、むしろ、歯肉マッサージ効果を主眼としたものである。[加藤伊八]

その他の歯ブラシと清掃器具


〔1〕電動歯ブラシ 電動機構によって、歯ブラシの作動部に回転運動、偏心運動、水平運動を与えられるほか、振動もおこすことができる。歯垢除去効果は、手用歯ブラシと同程度であるが、比較的簡単に使用法を会得できるので、小児、身障者および老人に有効である。
〔2〕歯間部清掃器具 歯間部は手用歯ブラシのみでは完全な清掃が困難であるため、不潔になりやすく、むし歯および歯肉炎の初発部位となる。こうしたことから、最近では、歯間部の清掃を徹底するために、歯ブラシと歯間部清掃器具の併用が推奨されるようになっている。主として使用される器具は次の四つであるが、歯と歯の間のすきまの大きさに応じて、適したものを選ぶ必要がある。(1)歯間ブラシ 歯間部に挿入して使用するブラシ。歯と歯の間に比較的広いすきまがある場合に用いられ、清掃効果が高い。(2)デンタル・フロス ナイロン糸とホルダーからなり、歯間空隙(くうげき)が狭い場合にも応用できる。(3)インターデンタル・スティムレーター 木製またはプラスチック製の楊枝(ようじ)である。(4)ラバーチップ ゴム製の歯間部清掃器具である。
〔3〕義歯用ブラシ 歯垢は歯面のみならず、義歯の表面にも堆積するため、義歯の清掃を目的として考案されたブラシである。
〔4〕口腔(こうくう)洗浄器 高圧のジェット水流を応用したものなど、種々の製品が市販されている。食物残渣(ざんさ)の除去には有効であるが、歯垢除去に対する効果は低いといわれている。[加藤伊八]

歯みがき剤

一般に研磨材、洗浄剤、グリセリン、水、香料、甘味料などの混合物である。歯みがき剤は、歯面に付着する色素を除去するために必要であるが、ブラッシングによる歯の磨耗の原因となることがあるので、使用量および歯みがき剤の選択には注意が必要である。わが国で一般に市販されている歯みがき剤は、磨耗性を低くしてあるため、少量ずつ使用すれば磨耗を招くことはない。また、歯みがき剤のなかには、むし歯の予防を目的としたフッ素含有歯みがき剤、および歯肉炎、歯周炎の予防または治療を目的とした薬剤を含有するものもある。[加藤伊八]

歯みがきの留意点

歯の表面に堆積した歯垢(プラーク)は約80%が水分で、残りが細菌やその産生物質(不溶性グルカンなど)である。歯垢1ミリグラムには、1億以上の細菌が凝集しており、酸や毒素を生成し活動している。また、歯垢の一部は歯に付着してから4~8時間で初期の歯石に変化し始め、歯みがきで完全に清掃除去するのが困難になってしまうのである。そこで、歯みがきにおいて大切なことは、食物を口に入れたらできるだけ早く歯みがきを行い、すべての歯の表面から残渣を完全に清掃すること、つねに歯の表面を清潔な状態に保つことである。歯みがきは1日に何回みがくかということではなく、むし歯や歯周疾患の原因物質である歯垢を口の中からいかに完全に清掃除去できるかが重要である。先に示されたような正しい歯のみがき方を行ったうえ、少なくとも1日に1回は歯ブラシでは絶対に届かない歯間部に歯間部清掃器具(デンタル・フロス、歯間ブラシなど)を併用し、歯垢を完全に清掃除去することが必須(ひっす)である。[澤田健次]

小児の歯みがき

乳歯のむし歯の発病には、日常生活、とくに食事・間食のとり方が大きく影響する。間食の回数が多いあるいは時間が長いと、歯垢中の細菌が砂糖など糖分を分解してできる酸が長時間歯の表面に作用し、むし歯を発生させるのである。小児に対して歯みがきを習慣化させるためには、まず保護者が歯みがきの重要性を理解し実践することがたいせつである。家族の日常生活のなかに歯みがきの習慣が定着すれば、小児も歯みがきが自然と日常生活の一部として組み込まれるようになる。乳歯のむし歯は、いずれ永久歯と生え替わることから、とかく軽視されがちであるが、きれいに並んだ永久歯列を得るための顎骨(がくこつ)の発育には、乳歯の果たす役割は非常に大きいのである。
 乳歯期における歯のみがき方は、年齢によって異なる。前歯が生えそろう1歳前後までは、軽くぬらした清潔なガーゼや脱脂綿で歯の表面をふきとる、あるいは大人の指にはめて使うフィンガー歯ブラシで粘膜を傷つけないようにこすって歯の表面の汚れをとるようにする。奥歯の乳歯が生えてきたら軟らかい歯ブラシで軽くみがいてあげる。自分で歯ブラシを持って歯をみがく練習を始めるのは、2歳ごろからでよい。その際、歯みがき剤は使わなくてもよい。そして、最後には、かならず保護者が歯ブラシで「仕上げ」を行い、汚れを残さずとるようにする。このとき、歯の変化(むし歯など)についてのチェックも心がける。6歳ごろになると最初の永久歯である第一大臼歯(きゅうし)(6歳臼歯)が乳歯列のさらに後方に萌出(ほうしゅつ)し始める。萌出途中の第一大臼歯はその手前の乳歯よりも高さが低く、汚れがたまりやすいうえ、歯の表面の石灰化が不十分なため、とくにむし歯になりやすい。こうしたことからも、6歳になるまでに、きちんとした歯みがき習慣をつけることが望ましい。[澤田健次]

歯みがきの歴史

歯みがきの歴史は非常に古く、紀元前1550年ころの古代エジプトの薬医学書とされる『パピルス・エーベルス』には、すでに歯みがき粉の処方として、ビンロウジュの実の粉または火打石の粉1分(ぶ)、緑鉛(りょくえん)1分、蜜(みつ)1分という記載がみえる。また、アリストテレスがアレクサンドロス大王のために書いたとされる『健康の書』には、「目の粗いタオルで歯をみがく」ことが記されている。
 歯ブラシが現在使われているような形になったのは、およそ200年前といわれている。日本では、1872年(明治5)ころから、クジラのひげにウマの毛を植えた「鯨(くじら)楊枝」が使われ始めたという。それ以前の歯ブラシは「房(ふさ)楊枝」とよばれるもので、仏教とともに、古代インドから中国を経て日本に伝えられた。房楊枝は、ヤナギやカンボクの一端を房状にしたもので、これにみがき砂(房州(ぼうしゅう)砂など)でつくった歯みがき粉をつけて用いた。なお、一般にヤナギは女性用、カンボクは男性用であったという。[澤田健次]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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