日本大百科全書(ニッポニカ)「歯周炎」の解説
歯周炎
ししゅうえん
歯肉炎(歯肉の炎症性の疾患)を治療しないまま放置すると、歯周病原細菌の感染によって歯周炎を継発する。歯周炎にはさまざまな分類があるが、単に歯周炎といった場合は一般に辺縁性歯周炎をさす。かつては歯槽膿漏(のうろう)ともよばれたが、現在は学術用語としてはほとんど使われていない。
歯周炎の罹患(りかん)率は厚生省(現厚生労働省)歯科疾患実態調査(1999)によると、20歳代前半までは大部分が歯肉の炎症で(約55%)、歯周炎は10%にすぎないが、それ以降は増齢的に増加し、45歳~54歳で約43%、55歳~64歳で約50%である。このことから歯肉炎は20歳代後半以降に歯周炎に移行することがうかがわれる。
[加藤伊八]
歯周炎の原因
(1)局所的原因 歯周炎の根本的な原因は複数の歯周病原細菌の混合感染であるが、そのほかにも原因的因子が指摘されている。これらは細菌感染を受けやすい口腔(こうくう)内環境をつくりだしたり、細菌感染に対する抵抗力を弱めたりする生体側の状態である。歯垢(しこう)、歯石のほか、歯列不正、不適当な充填(じゅうてん)物または金属冠、食片圧入(歯と歯の間に食片が挟まること)、歯ぎしりなど異常に大きな力が歯周組織に加えられることも歯周炎の原因としてあげられている。また扁桃(へんとう)疾患、鼻疾患あるいは上顎(じょうがく)前突などに起因する口呼吸も原因となる。これらのうち、歯周炎の原因として重要なのは、歯の表面に堆積(たいせき)する歯垢と歯石である。
(2)全身的原因 糖尿病、ビタミン欠乏などの代謝異常、薬物による中毒、内分泌機能異常、栄養失調などの全身的疾患が原因となることもある。
[加藤伊八]
臨床症状
(1)歯周ポケット形成 病変が深部の歯周組織に波及・拡大し、歯槽骨および歯根膜を破壊する。その結果歯周組織が歯根表面から剥離(はくり)し、両者の間に「すきま」が形成される。このすきまを歯周ポケット、または単にポケットという。この歯周ポケットは病気の進行に伴って深さを増していくため、その深さを測定することによって歯周炎の進行の程度を知ることができる。
(2)歯の動揺 歯周ポケットが形成されると、歯を顎骨にしっかりと結合させている歯根膜が壊されて、歯がぐらぐら揺れるようになったり、歯の病的な移動または傾斜がおこる。そして、最終的には歯は脱落する。
(3)歯槽骨の吸収 歯周炎の進行により、歯を保持している歯槽骨が徐々に破壊されていく。この歯槽骨の状態は、歯科用X線写真撮影によって知ることができる。
(4)歯周ポケットからの排膿(はいのう) 病変部を指で圧迫すると、滲出(しんしゅつ)液、滲出細胞成分、血液など、いわゆる膿(うみ)を排出する。
(5)痛み症状 歯周疾患は痛み症状が少ないのが特徴とされ、咬合(こうごう)痛、自発痛を自覚したときはかなり重症例が多い。
(6)全身疾患の危険因子 歯周炎患者の口腔内には多くの歯周病原細菌が存在するために、他臓器の感染症を引き起こす。たとえば、肝炎、心内膜炎、心筋梗塞(こうそく)、脳梗塞、動脈硬化を発症する危険が高まることがわかっている。また女性の歯周炎罹患者は早産による低出生体重児出産のリスクが大きいという報告もある。
[加藤伊八]
治療法
初期治療
(1)口腔(こうくう)清掃法 歯周炎の治療法のうちで、もっとも重要かつ基本的なのは、歯垢および歯石の除去である。歯垢は軟らかいため、いわゆる日常のプラーク・コントロールによって患者自身で比較的簡単に除去することができる。また、歯ブラシのみでなく、歯間ブラシ、デンタル・フロスなどを同時に用いて、歯と歯の間の清掃も十分に行うのが効果的であるといわれる。歯石を除くためには、歯周ポケット内の歯根面に付着する歯肉縁下歯石を可及的に除去する、スケーリング・ルートプレーニングを行う。歯石は、古くなった歯垢に唾液(だえき)中のカルシウムなどの無機成分が沈着して石灰化し、硬くなり、歯の表面に強固に付着したものである。歯石は歯ブラシ、歯間ブラシなどでは除去することが不可能なため、歯科医師や歯科衛生士がスケーラーscalerを用いて除去することになる。
(2)咬合調整法 特定の歯に異常な方向、あるいは異常な大きさの力が持続的に加えられると、歯を保持している歯槽骨が徐々に破壊され、歯は動揺するようになり、歯周炎の進行を助長する結果となる。こうした場合は、各歯牙(しが)に加わる咬合力がバランスよく分散するように、咬合調整法とよばれる歯冠形態の修正を行う。
(3)固定法 高度の歯周炎に罹患して、歯周組織の破壊が著しい場合には、治療中あるいは治療後に、そしゃくにより、特定の歯または歯群に異常な力が加わり、臨床症状が悪化しやすい。こうしたときは、歯に安静を与えるために数歯を金属線で連結固定し、歯の動揺を抑え、咬合力のバランスをとる。
(4)悪習慣の矯正 口呼吸があると口腔粘膜の種々の刺激に対して抵抗力が低下し、歯周炎の進行を助長する。また、歯の食いしばり、就寝時の歯ぎしりも歯周炎の原因となるので習慣矯正を行う。
[加藤伊八]
根尖性歯周炎
辺縁性歯周炎とは別に根尖(こんせん)周囲の歯周組織に炎症性病変を形成する根尖性歯周炎がある。う蝕(しょく)または歯の外傷によって引き起こされる歯髄疾患に継発する。急性根尖性歯周炎と慢性根尖性歯周炎とがあり、前者では激しい疼痛(とうつう)を伴う。歯科用レントゲン写真撮影によって、鑑別診断は容易である。なお、根尖性歯周炎は感染根管治療の適応症である。
[加藤伊八]
『石川純編『歯周治療学』第2版(1992・医歯薬出版)』