歯および口腔(こうくう)粘膜の表面、あるいは義歯、充填(じゅうてん)物などの人工物の表面に緩やかに付着する乳白色の軟らかい有機性の物質で、歯苔(したい)、プラークplaqueともいう。歯垢は歯ブラシで容易に除去することができる。組成は約80%の水分と約20%の有機成分からなっている。有機成分の大部分(70~80%)は細菌であるが、そのほかに細菌によって産生される物質および唾液(だえき)中に含まれる固形物なども含まれる。
歯垢の形成機序(メカニズム)については、一般に次のように考えられている。まず歯の表面に、唾液に由来する粘着性の物質の被膜が形成される。この被膜は獲得被膜とよばれ、一種の糖タンパクからなっている。次に被膜で覆われた歯の表面に人の口腔内に常在する細菌が付着して増殖する。これらの細菌は、増殖しながら粘着性の物質を産生する。たとえば、人の口腔内に常在するストレプトコッカス・ミュータンスStreptococcus mutansは歯垢形成に強く関与する細菌の一つと考えられている。この菌は、ショ糖からデキストランdextranおよびレバンlevanとよばれる粘着性の物質を産生するが、この物質にさらに細菌が付着増殖することによって多量の歯垢が形成される。歯垢1グラム中(湿重量)には約108個の多種類の細菌が存在しているが、これらの細菌は互いに自然の平衡を保っている。この種々の細菌の比率は、歯垢の成熟の度合いによって変化する。すなわち、ごく初期の歯垢は大部分がグラム陽性の球菌Streptococcus、桿菌(かんきん)Nocardiaであるが、時間の経過とともに糸状菌Actinomyces、桿菌ならびにスピロヘータなどが増加し、グラム陰性嫌気性菌が多くなってくる。
歯垢は、う蝕(しょく)(むし歯)、歯肉炎および歯周炎の原因となる。むし歯はおもに、歯を構成しているエナメル質、象牙(ぞうげ)質などの硬組織が酸によって脱灰されたり、歯質中に含まれる有機質が有機質分解酵素によって溶解されることによっておこる。歯垢中に存在する多くの種類の細菌のなかのある種のものは、こうした酸およびタンパク分解酵素を産生する。
なお、歯石とは、歯垢が石灰化することによって形成されたものである。
[加藤伊八]
歯の表面に付着するやわらかい堆積物。約2/3は微生物で,残りは唾液,食物残渣,微生物の代謝産物などを含んでいる。歯と歯の間,歯肉との境界部,臼歯の溝など,歯ブラシによる清掃が十分に行きとどかない場所に付着しやすい。歯をきれいに清掃しても,口腔内の微生物が歯面に付着して増殖するので,数日間歯をみがかずにいると,歯垢は厚さと広がりを増していく。歯垢を構成する微生物叢もこの間に変遷して,厚く堆積した歯垢中にはさまざまな微生物が生息するようになる。これらの歯垢の微生物は,われわれが摂取する飲食物の一部を代謝して生息しており,その代謝産物が歯垢と接する歯や歯周組織に及ぶと虫歯や歯周疾患になると考えられている。歯垢は水でうがいをしたくらいでは除去できない。毎日,歯ブラシなどの清掃用具で機械的に除去することが歯科疾患の予防のうえでたいせつなことである。なお,歯垢が長期間のうちに石灰化したものが歯石である。
執筆者:岡田 昭五郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…歯槽膿漏といわれる症状を呈する者は若年者には少なく,中年以降に多いが,その前兆といえる歯肉炎のある者は若年者にも多い。
[歯槽膿漏の原因]
歯肉との境界部(歯頸部)に歯垢(しこう)が付着している不潔な状態を放置しておくことがおもな原因である。歯垢が石灰化した歯石,歯と歯の間に陥入した食物,充てん(塡)物や補綴物の辺縁が歯頸部の歯肉を刺激することや,歯並び,かみ合せの異常によって1本ないし数本の歯に強い力が加わること(負担過重)も歯周組織の炎症を助長する局所的な原因に数えられている。…
…細菌により作られたデキストランは代用血漿(けつしよう)として医療に用いられる。また虫歯の原因となる歯垢(しこう)は口腔内に生棲(せいせい)する乳酸菌の1種ストレプトコッカス・ムタンスStreptococcus mutansがショ糖から作る不溶性デキストランが主体である。(化学式)【別府 輝彦】。…
…歯を溶かそうとするものへの抵抗性を高めるには,安全で合理的なフッ化物の利用によって歯の質を強化するのが望ましい。(2)歯垢(しこう)(プラークplaque,歯くそ)をできるかぎり歯の表面につくらせない。虫歯も歯槽膿漏の始まりも歯にたまった歯垢によって,歯の表面が溶かされ,あるいは歯肉に炎症が生じて起こるのである。…
※「歯垢」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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