歴史劇(読み)れきしげき

精選版 日本国語大辞典 「歴史劇」の意味・読み・例文・類語

れきし‐げき【歴史劇】

〘名〙 歴史上の事実に取材した演劇。史実を脚色した演劇。史劇。
※倫敦塔(1905)〈夏目漱石〉「二王子を殺した刺客の述懐の場は沙翁の歴史劇リチャード三世のうちにもある」

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デジタル大辞泉 「歴史劇」の意味・読み・例文・類語

れきし‐げき【歴史劇】

史劇

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改訂新版 世界大百科事典 「歴史劇」の意味・わかりやすい解説

歴史劇 (れきしげき)

史劇ともいう。過去の歴史上の事件や人物を題材とした劇のことであるが,かなりあいまいな区分でもある。広義にとれば,〈現代劇〉に対するものが〈歴史劇〉ということにもなろう。

歴史劇が抱えている問題点はいくつかあるが,第1に,〈歴史〉と〈文学〉の相違という問題を挙げねばなるまい。アリストテレスは《詩学》第9章で〈歴史家は実際に起こった事柄を語るのに対して,詩人は起こる可能性のある事柄を語る〉と述べて,〈史と詩〉の相違を指摘しているが,この相対立するものに橋を架けるものが,ほかならぬ歴史劇なのである。このことはすぐに明らかなように非常にむずかしいことである。一方で,歴史的事実に忠実たらんとすれば,他方で,それが芸術的な完成にいたるか,という問題が生じるからである。歴史劇の作者は,史実に忠実であると同時に,限られた時間=上演時間,限られた空間=舞台の中で,観客を感動させる想像力にあふれた作品を創作しなければならない。

 第2に,観客の問題がある。他の劇と異なり,歴史劇の観客は,この劇特有の位相に投げこまれる。この劇の観客の大半は,劇を見る前からすでにその筋を(少なくとも大まかには)知っているからである。したがって,観客の楽しみは,筋の展開から得られるというよりは,むしろ筋の確認,細部の照合,作者や俳優のくふうの鑑賞といったものから得られることが多いと言えるだろう。観客は単一の反応ではなくて複合的な錯綜(さくそう)した反応を内的にも外的にも示すはずである。

 第3に歴史劇の特徴として挙げるべきは,20世紀の現在に至るまで続いている,このジャンルの普遍性,永続性であろう。これは,観客であるわれわれがよく知られた歴史的英雄と時間を共有し,最後にその英雄の死を見送るという〈歴史劇〉の構造が,どこかで演劇一般の〈始原〉と通底しているためかもわからない。

 第4に,悲劇・喜劇という区分けに則して言えば,歴史劇は喜劇であるよりは悲劇であることが圧倒的に多いと言うことができるだろう。

西洋演劇史の中で歴史劇をたどれば,まず古代ギリシア悲劇のアイスキュロス《ペルサイ(ペルシア人)》が,現存ギリシア悲劇中唯一の歴史劇だとよく言われる。これは,サラミスの海戦(前480)の8年後に上演された作品であり,したがって,古代ギリシアの人々が,われわれの言うような意味での〈歴史〉をこの作品に読みとっていたかどうかは大いに疑問である。第一,舞台はペルシアの宮廷であり,ギリシア人たるアイスキュロスにとっては,史料よりは想像力が大いに必要な芝居であった。《ペルサイ》の登場人物たち(アトッサ,クセルクセスなど)は,実在の歴史的人物から上昇してちょうど伝説上の英雄アガメムノンやオイディプスのように〈神話化〉されていたのである。

 古代ギリシアに続き,古代ローマでも歴史劇は書かれたはずであるが現在ほとんど残っていないし,さらに,中世の演劇にもあまり知られているものはない。しかしルネサンスになると,本格的な歴史劇が数多く誕生する。イギリスでは,まず,クリストファー・マーローの《エドワード2世》と《パリの虐殺》を挙げねばならない。前者では自国の歴史が,後者ではフランスの歴史的事件が描かれた。そして,そのあとを継いで,シェークスピアは数多くの〈歴史劇〉を表した。普通には,6種9編(《ヘンリー8世》を除く)が史劇と呼ばれているが,これらはすべて年代記史劇である。推定制作年代順に挙げれば,《ヘンリー6世・第2部》《ヘンリー6世・第3部》《ヘンリー6世・第1部》《リチャード3世》《リチャード2世》《ジョン王》《ヘンリー4世・第1部》《ヘンリー4世・第2部》《ヘンリー5世》の作品である。これらの作品では,《ヘンリー8世》まで含めると,13世紀から16世紀までの300年間のイギリスの歴史が描かれている。この年代記史劇はイギリス独特のもので,国民劇的性格をもち,国民としての意識と自覚が高まりつつある時期に,それを背景として発展したのである。およそ1580年代から1630年代ぐらいまで盛んであった年代記史劇は,散文による年代記を資料として,劇としては中世の道徳劇から発達してきたものであった。

 しかし,もう少し広く〈歴史劇〉を解することも可能であり,その場合,シェークスピア作品の中では,《リア王》や《マクベス》も〈歴史劇〉と呼ぶことができるし,また,やはり〈悲劇〉の中に入れられている〈ローマ史劇〉の一連の作品も広義の歴史劇と言うことができる。《タイタス・アンドロニカス》や《ジュリアス・シーザー》《アントニークレオパトラ》《コリオレーナス》などがそれで,これらはプルタルコスの《英雄伝》などを資料として書かれたものである。観客は,これらのローマ史劇を見る前から,すでにシーザーカエサル)ならシーザーという人物をいろいろなものから知っている。つまり,シーザーは〈神話化〉された人物となっているのである。したがって,ローマ史劇の登場人物は,イギリスの年代記史劇の登場人物より,そのなまなましさが少ないと言えるが,しかし劇的想像力のうえでは,民衆文化の中での〈神話化〉によって,より確かなリアリティをもっているとみることもできる。ベン・ジョンソンの《カティリナ》もローマ史劇の一つであり,サルスティウス,キケロ,プルタルコスなどを資料として書かれたものだが,この芝居は,アナクロニズムを避け,史実に忠実たらんとしたため,かえって,劇としてのダイナミズムに欠ける結果となってしまっている。

 ほぼ同時代,スペインではローペ・デ・ベガ,イタリアではアレッサンドロ・マンゾーニが歴史劇を書いていた。フランス古典主義演劇にも〈歴史劇〉は見られる。しかし,これらの登場人物たちもすべて,史実そのものによるのではなく,〈神話化〉された人物たち,歴史的に形成された想像力の産物によるものなので,〈歴史劇〉といっても前述の広義の歴史劇に該当すると言えよう。コルネイユの《シンナ》や《ティットとベレニス》,ラシーヌの《アレクサンドル大王》《ブリタニキュス》《ベレニス》《ミトリダート》などがそうである。

 19世紀に入って,フランスには,スクリーブ,サルドゥー,ユゴー,デュマなどの歴史劇を書いた作家がいた。ドイツでは18世紀にはゲーテ(《ゲッツ》),シラー(《ワレンシュタイン》三部作)などの作家がおり,19世紀にはクライスト,グリルパルツァー,ヘッベルなどの歴史劇作家がいた。さらにノルウェーのイプセン(《皇帝とガリラヤ人》),スウェーデンのストリンドベリ(《グスタフ・バーサ》《ウィッテンベルクの夜鶯》),ドイツのハウプトマン,ズーダーマン,フランスのロスタン,ロマン・ロランなども歴史劇作家として忘れることができない。20世紀に入って,ドイツのブレヒトも歴史劇に大いに関心を示していたし,今日では,イギリスのジョン・アーデンも歴史劇作家の一人に加えておかねばなるまい。

日本では,能(《安宅》など)や人形浄瑠璃にも広義の歴史劇が見いだされるが,特に,歌舞伎には,広義の歴史劇の典型が見られる。王朝物や時代物の多くの作品がそれであり,例えば,《勧進帳》や《菅原伝授手習鑑(てならいかがみ)》などは偉大なるアナクロニズムの産物であり,弁慶や牛若丸といった登場人物たちは大いなる〈神話化〉を遂げているのである。これに対して,明治以降には〈活歴劇(活歴物)〉(〈活(い)きた歴史〉そのままの劇の意)の運動が起こった。これは9世市川団十郎や河竹黙阿弥を中心にして,それに福地桜痴や依田学海らが加わって進められたが,史実に忠実のあまり,芸術的完成度の点では満足すべきものではなかった。しかし,この運動を契機として,やがて坪内逍遥の歴史劇論や新史劇創作への道が開かれた。これが逍遥らによる〈新歌舞伎〉の運動であり,史実に忠実であると同時に歌舞伎の伝統美をもうけついでいる芸術的な作品がここから生まれた。逍遥の《桐一葉》《牧の方》がその結実である。その他,松居松翁(松葉),山崎紫紅,岡本綺堂,真山青果(《頼朝の死》など)らがいる。昭和になっても新史劇的傾向の〈新歌舞伎〉は書かれ,大仏次郎《若き日の信長》,北条秀司《築山殿始末》,舟橋聖一《絵島生島》などは有名である。一方,歌舞伎ではなくて新劇の分野でも歴史劇は書かれており,今日歴史劇に関心を寄せている作家には木下順二や宮本研などがいる。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「歴史劇」の意味・わかりやすい解説

歴史劇
れきしげき

史劇ともいう。歴史上の事件や人物を題材とした劇。一国のある時代の消長の年代記などの記録に基づいて描いたものは,年代記史劇または編年史劇 chronicle (history) playと呼ばれることもある。シェークスピア以前のイギリス演劇では,事件を挿話的に羅列した年代記史劇が多いが,シェークスピアは R.ホリンシェッドの『年代記』や『プルターク英雄伝』に題材を取りながら,鋭い性格描写によってすぐれた歴史劇を書いた。歌舞伎の王朝物や時代物は内容があまりにも荒唐無稽で歴史とはいいがたいが,9世市川団十郎の活歴物も本質的には年代記史劇の域を出なかった。日本の歴史劇は,坪内逍遙,岡本綺堂,真山青果らによって確立された。

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