コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

永田広志 ながたひろし

3件 の用語解説(永田広志の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

永田広志
ながたひろし

[生]1904. 長野
[没]1947. 松本
唯物論哲学者。東京外国語専門学校露語科卒業。プロレタリア科学研究所,戦闘的無神論者同盟,唯物論研究会などに参加するかたわら,ソ連の哲学を紹介。マルクス主義の方法で日本思想史を分析し,マルクス主義哲学の日本への定着に貢献した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

永田広志 ながた-ひろし

1904-1947 昭和時代の哲学者。
明治37年4月1日生まれ。プロレタリア科学研究所,唯物論研究会にくわわり,マルクス主義哲学論文等の翻訳,日本近世思想史の研究・体系化をおこなった。戦後,民主主義科学者協会の創立にくわわる。昭和22年9月7日死去。44歳。長野県出身。東京外国語学校(現東京外大)卒。筆名は君島慎一。著作に「日本唯物論史」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

永田広志
ながたひろし
(1904―1947)

哲学者。長野県に生まれる。1923年(大正12)東京外国語学校(現、東京外国語大学ロシア語科を卒業。1929年(昭和4)からプロレタリア科学研究所のメンバーとなり、以後、戦闘的無神論者同盟、唯物論研究会などで活躍した。1939年治安維持法違反で起訴されたが、病気のため刑の執行を免れた。第二次世界大戦後は民主主義科学者協会(1946)の創立者の一人となった。初めロシア語の哲学文献の翻訳に従事していたが、1932年ごろから著作活動を開始し、『唯物弁証法講話』(1933)、『唯物史観講話』(1935)、『現代唯物論』(1935)、『日本唯物論史』(1936)、『日本封建制イデオロギー』(1938)、『日本哲学思想史』(1938)などを次々に公刊した。これらは、マルクス主義の理論的研究と日本近世思想史の研究とに大別される。とりわけ後者は、日本の近世儒教を思想史として研究した先駆的業績として高く評価された。[渡辺和靖]
『『永田広志日本思想史研究』全3巻(1967~1969・法政大学出版局)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

永田広志の関連キーワード池上鎌三岩崎武雄植田清次沢瀉久敬勝部謙造桂寿一川合貞一須田豊太郎速水敬二山元一郎

今日のキーワード

災害派遣

天災地変その他の災害に際して,人命または財産の保護のために行なわれる自衛隊の派遣。災害出動ともいう。都道府県知事などの要請に基づいて,防衛大臣が派遣することを原則とするが,特に緊急を要する場合,要請を...

続きを読む

コトバンク for iPhone