日本大百科全書(ニッポニカ) 「河口龍夫」の意味・わかりやすい解説
河口龍夫
かわぐちたつお
(1940― )
彫刻家。兵庫県神戸市に生まれる。1962年(昭和37)、多摩美術大学美術学部絵画科卒業。61年の読売アンデパンダン展に出品するなど学生時代より作家活動を開始、65年にはグループ「位(い)」を結成するなど、精力的に活動した。絵画科の出身だが早くから作家活動の中心を彫刻に定め、第1回神戸須磨離宮公園「現代日本野外彫刻展」(1968)、日本現代彫刻展(1971)などに出品。72年、当時開館したばかりの箱根彫刻の森美術館で開催された大賞展で優秀賞を獲得、彫刻家としての評価を確立した。また同年のサン・パウロ・ビエンナーレに出品したのを機に海外でも作品発表を本格化し、アントウェルペン国際野外彫刻ビエンナーレ(1975)、インド・トリエンナーレ(1982、ニューデリー)、「前衛芸術の日本」展(1986、ポンピドー・センター)、「ユーロパリア・ジャパン」展(1989、ヘント市立現代美術館)、「大地の魔術師たち」展(1989、ポンピドー・センター)などの展示を通じて着実にその評価を積み上げた。国内でも精力的に作品の発表を続け、特に野外彫刻展やアート・フェスティバルのような屋外イベントでその力を発揮している。
河口の主たる関心は言葉と物、物とエネルギー、物と物との関係を追求することにあり、身近にある金属、紙、布、木などの素材に注目し、それらを独自に組み立て作品が制作されてきた。作品は即物的な印象を与えるが、ときには葉書や封書に細かな彩色を施した工芸的作品もあれば、地面に穴を掘っただけの作品もある。また時間の問題についても強い関心を抱いており、化石のフロッタージュを版画化した作品『関係――時間・時のフロッタージュ』(1998)や、植物の種や鉛を蜜蝋(みつろう)で封印した作品『関係――小さきもの』(2002)に反映されている。多岐にわたるこれらの作品は、河口が「関係」と呼ぶ問題意識によってゆるやかに結びついており、多くの作品には「関係」という語を含んだタイトルがつけられている。
68年、73年にジャパン・アートフェスティバルで優秀賞を受賞したのをはじめ受賞も数多い。また作品の多くは『河口龍夫作品集』(1992)にまとめられている。明石短期大学助教授、関西女子美術短期大学教授を経て83年より筑波大学芸術学系助教授、91年(平成3)同教授。中国生まれで国際的に活躍するアーティスト蔡國強(さいこっきょう)は、日本留学中筑波大学河口研究室に在籍していた。
[暮沢剛巳]
『『河口龍夫作品集』(1992・現代企画室)』▽『中原佑介著『関係と無関係――河口龍夫論』(2003・現代企画室)』▽『「封印された時間――河口龍夫」(カタログ。1998・水戸芸術館)』