浦戸湾(読み)うらどわん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

浦戸湾
うらどわん

高知県中部,高知市南部の沈降性の内湾北部は近代以前から干拓地化が進行。南部は第2次世界大戦前までは島の点在する景勝地であった。 1960~65年に,南部の東岸 (木材団地,石灰石集積地,造船所) および北部 (中央卸売市場,石油基地,港) が埋立てられ,従来の8割ほどに縮小した。湾口部には浦戸,御畳瀬 (みませ) の漁業集落がある。 72年浦戸大橋が完成し,桂浜竜王岬への観光が便利になった。

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百科事典マイペディアの解説

浦戸湾【うらどわん】

高知県高知市,土佐湾中央部の沈降内湾。湾口に砂嘴(さし)が発達,湾内は一般に浅い。中央部が狭く北湾と南湾に分かれるが,北湾は堆積,南湾東岸は埋立てで縮小,石灰石集積地,木材工業団地などが造成された。湾奥に高知港があり,付近に桂(かつら)浜,五台山,種崎など景勝地がある。1972年,湾口に浦戸大橋が架橋された。
→関連項目高知[県]高知[市]

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世界大百科事典 第2版の解説

うらどわん【浦戸湾】

高知県中央南部,土佐湾中央部に位置する南北約6kmの沈降性内湾で,湾奥には高知市街が立地する。湾は中央部でくびれたひょうたん形をなし北湾と南湾に分かれるが,中央部の湾岸が急傾斜地をなすため,1950年代まで湾岸の集落は巡航船によって高知市街と結ばれていた。高知市をひかえた港湾であるが,種崎~桂浜間の湾口が狭い上に水深が浅いため河川による土砂の堆積が多く,古くからその対策に苦慮してきた。また近世以前からの干拓により陸化が進んだが,現在も北湾岸に0メートル地帯が広く見られる。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔高知県〕浦戸湾(うらどわん)


高知県中部、土佐(とさ)湾奥から入り込んだ内湾。全域が重要港湾の高知港に指定されている。最大水深が6~8mで、東岸には昭和30年代以降の埋め立て地に工場が進出。湾口西浜に桂(かつら)浜、湾奥東岸に五台(ごだい)山公園の景勝地がある。湾口に浦戸大橋が架かる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

浦戸湾
うらどわん

高知県中央部、土佐湾から高知市に奥深く沈水した入り江。南北6キロメートル、周長33キロメートル、面積約6.7平方キロメートル。中央部付近がくびれて狭くなり、南北二つの湾に分けられる。北部は古代には大津付近まで広がっていたと推定されるが、河川の三角州の発達や戦国時代以来の干拓地化で縮小が著しい。高知港、中央卸売市場、石油基地などがあり、市の港湾地区を形成する。南湾も、東岸は1960年(昭和35)以降、木材、石灰石置場、造船所など工業用地に造成されたため縮小をみ、古来の波静かな島の浮かぶ景勝地の景観も変化した。湾内は水深7.5メートルを維持する航路を除くと、5メートル以下で浅いうえ、湾口が狭いので、近代的港湾としては限界性がある。古くから浦戸、御畳瀬(みませ)の漁村、種崎、長浜の造船業の発達をみたが、最近は湾岸一帯の住宅地化が著しい。湾口の景勝地桂浜(かつらはま)と海水浴場の種崎間は浦戸大橋(1972年開通)で結ばれている。[大脇保彦]

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