浸炭(読み)しんたん(英語表記)carburizing
cementation

改訂新版 世界大百科事典 「浸炭」の意味・わかりやすい解説

浸炭 (しんたん)
carburizing
cementation

比較的炭素量の少ない靱性(じんせい)のある低炭素鋼,低合金鋼(合金元素の種類,添加量の少ない鋼)の表面層に炭素を浸入固溶させる表面硬化法の一種。浸炭後に焼入れすると,表面はより硬く,耐摩耗性が良好で,芯部は強靱で衝撃抵抗の高い材料となるので,歯車,ピストンリング,機械部品の摺動部などに加工される。浸炭は,その炭素源の種類により,固体浸炭法,液体浸炭法,気体ガス)浸炭法に分けられる。なお,浸炭によって造られた鋼を肌焼鋼という。

(1)固体浸炭法pack carburizing 一般には木炭の粉に促進剤として約20~40%の炭酸バリウムBaCO3炭酸ナトリウムNa2CO3および粘結剤を混ぜて粒状にし,普通鋼あるいは耐熱鋼製の浸炭箱に被処理物と一緒に詰め,粘土などで密閉して,浸炭箱とも炉中で850~950℃に数時間加熱保持する。表層に炭素濃度の濃い部分ができるが,芯部の炭素量はほとんど変化しない。浸炭層の深さは処理時間とともに深くなり,3~4時間で約1.5~2mmに達するが,処理温度,被処理材の化学成分などによって異なる。固体浸炭の原理は以下のようである。酸素と木炭Cが反応して一酸化炭素COと二酸化炭素CO2混合ガスとなり,このCOが分解して活性化された炭素原子が生じ,鋼表面より鉄の中に浸入固溶する。この際生じたCO2はさらに木炭と反応してCOとなり,これらの反応がくり返される。

 2CO⇄C+CO2

 CO2+C⇄2CO

促進剤はこの反応に対して触媒として働く。

(2)液体浸炭法liquid carburizing シアン化ナトリウムNaCN,シアン化カリウムKCNを主成分とし,これに炭酸ナトリウム,炭酸カリウムK2CO3,塩化バリウムBaCl2,塩化ナトリウムNaClなどを添加した混合塩を高温加熱して溶融状態にし,この塩浴salt bathを一定温度に保った中に被処理物を一定時間装入して処理する方法。NaCNは酸素と反応してシアン酸ナトリウムNaCNOとなる。これが高温で分解してCOと窒素Nを生じ,COが浸炭作用,Nが窒化作用をする。液体浸炭法は処理温度が低く,処理時間も短いので製品のひずみは少ないが,浸炭剤としてシアン化塩を使用するのでその管理等に注意を要する。

(3)気体(ガス)浸炭法gas carburizing メタンCH4,プロパンC3H8,ブタンC4H10などの浸炭性ガスに空気を混合し,約1100℃以上に加熱した変成炉中で,ニッケルを触媒として一酸化炭素,水素,窒素を主成分とする混合ガス(キャリアガス)に変化させる。この混合ガスを成分調整して被処理物を入れた浸炭炉の中に送入し,浸炭を行う。この場合にも最終的にはCOガスによって浸炭が行われる。この方法は,工程が簡単で熱効率もよく,ガス濃度の調整が容易で,均一に浸炭が行えるなどの利点があり,小型で大量の部品の処理に適している。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「浸炭」の意味・わかりやすい解説

浸炭
しんたん
carburization

固体状態の鉄に炭素原子をしみ込ませる処理のことをいう。鉄は室温では体心立方晶(α(アルファ)鉄)であり、炭素原子はほとんど入り込めない。しかし910℃以上では面心立方晶のγ(ガンマ)鉄となり、最大2%までの炭素原子が鉄原子のすきまに入り込めるようになる。炭素原子の溶け込んだγ鉄(これをオーステナイトという)を高温から急冷(焼入れ)すると、マルテンサイトとよばれる体心正方晶の組織になる。マルテンサイトは炭素濃度が高いほど硬いが、しかしもろくて折れやすい。浸炭は、炭素濃度の低い軟鉄の表面部を炭素濃度の高いマルテンサイトに変換することを目的とした表面硬化法であり、歯車などのように、摩耗せず、しかも割れにくい部品に利用されている。浸炭を行うには、粒状の木炭の中に鉄片を埋めて加熱する「固体浸炭法」が昔からの方法であった。しかし近年は、一酸化炭素やメタンガスを含む気体中で鉄片を加熱する「ガス浸炭法」が普及している。

[西沢泰二]

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百科事典マイペディア 「浸炭」の意味・わかりやすい解説

浸炭【しんたん】

の表面部の炭素含有量を増加させるため,炭素を含む媒剤中で加熱する処理。コークス,木炭などによる固体浸炭,シアン化物による液体浸炭,一酸化炭素,メタンなどによるガス浸炭がある。浸炭後,肌焼(はだやき)を行って表面を硬化させた浸炭鋼は,耐摩耗性が大きく内部は粘り強いので,歯車,カム軸などの機械部品に使用される。
→関連項目シアン化ナトリウム表面硬化

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化学辞典 第2版 「浸炭」の解説

浸炭
シンタン
cementation

低炭素鋼,低炭素合金鋼を A1 点(727 ℃)以上に浸炭雰囲気中で加熱して,炭素を表面に拡散させて表面だけを高炭素鋼組成とし,次に焼入れ操作によって表面に硬化層を得る操作をいう.炭素は表面がもっとも濃度が高く,内部にいくに従って減少して低炭素のまま残される.これを焼入れすると表面のみ硬化するので耐摩耗性が付与され,一方,内部は強靭で衝撃抵抗が大となる.浸炭雰囲気は固体による場合とガスによる場合とに大別される.固体浸炭剤としては,木炭を主体としてこれに促進剤としてBaCO3,Na2CO3を加えたものが用いられる.ガス浸炭は,メタンあるいはCOガスが用いられる.浸炭を行う目的で成分を規定した鋼を肌焼鋼という.

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

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