焼入れ(読み)ヤキイレ(その他表記)quenching
hardening

デジタル大辞泉 「焼入れ」の意味・読み・例文・類語

やき‐いれ【焼(き)入れ】

鋼の硬度を高めるために高温に加熱してから、水や油などに入れて急激に冷却する操作。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「焼入れ」の意味・わかりやすい解説

焼入れ (やきいれ)
quenching
hardening

熱処理の一種。もとは鋼を赤熱状態から水,湯,あるいは油の中に入れて急冷・硬化させることをいったが,現在では材料組織に意図的に非平衡状態をつくる,つまり熱平衡状態では起こってしまう相変態を起こさせない(たとえば高温の相を凍結する)ために,および熱平衡状態では起こらない相変態(たとえばマルテンサイト変態)を起こさせるために,高温から急速冷却する操作を総称していう。所望の状態を得るのに必要な冷却速度が小さいほど,その材料の焼入れ性がよいという。鋼の場合には,焼入れ性をよくするのにクロムニッケルモリブデンなどを合金化する。鋼を焼き入れると,オーステナイトからパーライト生成されることなく,少量の凍結されたオーステナイト(残留オーステナイト)とマルテンサイトの混合組織となる。マルテンサイトが硬いために焼入れによって鋼は硬化し,硬度を高めることになる。チタン合金の焼入れでもマルテンサイト変態が生じるが,硬化はほとんど起こらない。アルミニウム合金では高温状態の凍結によって過飽和な固溶体が形成され(このような焼入れは溶体化処理と呼ばれる),軟化が生じる。これらの場合には,焼入れ後に焼戻しを行って所望の性質をつくる。形状記憶合金形状記憶効果)のように,非平衡状態(この場合はマルテンサイト)をそのまま利用することもある。高温状態の凍結の極端な場合の一つに,溶融金属の急冷による非晶質金属の生成がある。ガラスは高温状態の焼き入れられたものである。
マルテンサイト
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「焼入れ」の意味・わかりやすい解説

焼入れ
やきいれ
hardening

鉄鋼材料の熱処理の一種で、高温に加熱した鋼を水(または油)に入れて急冷する操作をいう。この処理によって、鋼は著しく硬くなる。これを焼入れ硬化といい、古くから刀剣の仕上げ工程などで実施されてきた。人間に対して強い制裁を加えることを俗に「焼きを入れる」というが、これは、焼入れの操作が高温に加熱したり急冷したりする過酷なもので、しかも、なまくらであった刀が切れ味のよいものに生まれ変わることから転じた俗語である。

 焼入れによって鋼が硬化する理由は、面心立方晶のオーステナイトが急冷によって体心正方晶のマルテンサイトに変態し、この際に、多数の格子欠陥が結晶中に導入されるためである。この特性は鉄鋼材料に固有のものであり、他種の材料を高温から急冷しても一般には硬化しない。

 焼入れの際の急冷によって、鋼材が曲がったり割れたりすることがある。これらを焼入れひずみ、焼割れという。一方、冷却速度が遅いと、マルテンサイトよりも硬さが著しく劣るパーライトの混在した組織(不完全焼入れ組織)になってしまう。これらの不都合を除くために、ニッケル、クロム、モリブデン、ホウ素などを適量添加して、遅い冷却でも中心部まで完全に焼きが入るような、焼入れ性のよい合金鋼が20世紀初頭以来、盛んに開発されてきた。

 なお、高周波焼入れ火炎焼入れは、鋼材の表面部または一部だけを加熱・水冷して、その部分だけをマルテンサイト組織にする方法である。

[西沢泰二]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「焼入れ」の意味・わかりやすい解説

焼入れ
やきいれ
quenching

最も基本的な金属材料の熱処理技術。要は高温状態を急冷して低温まで凍結することで,いわば偽平衡組織の人工的形成であるから,高温と低温の組織が同じ材料では意味がない。典型的適応材料は鉄鋼類と軽合金類で,他に銅合金ニッケル合金にもある。鉄鋼以外の焼入れはすべて高温で溶体化処理後急冷するだけで,理論上でも技術的にもあまりむずかしくないが,鉄鋼のそれはやや特異である。炭素鋼は高温でオーステナイト組織で,ゆっくり冷却するとこれがフェライト+パーライト,セメンタイト+パーライトあるいはベイナイトになるが,焼入れるとマルテンサイトになる。マルテンサイトとして十分焼戻すと強度としなやかさのバランスのよい鋼となるので,鋼の場合はその生成量をもって焼入れ効果を判定する (→質量効果 ) 。焼入れの実際方法は高温の鋼を水または油中に突込んで攪拌し,蒸気膜付着による焼きむらのないように急冷する。比熱の大きい水は冷却能はよいが,臨界冷却速度以上の急冷は不必要なので沸点が高く焼きむらの少い油も使われるわけである。マルテンサイトは生成のとき膨張するので焼きそり,焼割れの危険がある。これを防ぐためマルクエンチ (→マルテンパー ) のような階段焼入れ法が考案された。またニッケル,クロム,マンガンなどを含む合金鋼は臨界冷却速度が小になるので,急冷しなくても安全に焼きが入る。日本刀の刀匠は焼きそりを逆に利用する。刀身の峰だけに断熱性の粘土を塗って水中に焼入れると,刃のほうだけ焼きが入って硬化とともに膨張するので,日本刀特有の美しい「そり」ができる。 (→TTT曲線 )  

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディア 「焼入れ」の意味・わかりやすい解説

焼入れ【やきいれ】

変態点以上の温度に加熱した材料を,水,油などで急冷し,硬さ,強さを増す熱処理。急冷により,本来低温では安定でない状態(相)が得られるもの。鋼に広く適用されるほか,ジュラルミンなどにも行われる。
→関連項目クロム鋼硬鋼高周波焼入れ高張力鋼肌焼ピアノ線マルテンサイト焼きならし/焼準し焼戻し

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

化学辞典 第2版 「焼入れ」の解説

焼入れ
ヤキイレ
quenching

溶解度線以上の温度から,析出や変態を阻止するほど十分に速く急冷する操作.鋼では,オーステナイト域に加熱したものを急冷すると,マルテンサイトに変態する.急冷には通常,水あるいは油などが用いられ,水焼入れ,油焼入れなどとよばれる.得られたマルテンサイトは高強度で硬いが,非常にもろい.鋼の強度と靭性の組合せを最良の条件とするには,十分に焼きの入った状態を得たのち,適当な温度で焼戻しを行わなければならない.鋼の焼入れ性とは,焼きの入る深さおよび内部の硬さの分布を決める因子である.いいかえると,マルテンサイト組織を得るために必要な冷却速度であって,鋼の化学組成とオーステナイト粒度によって決まる.焼入れ性をよくするために,実用鋼においては種々の合金元素が添加されている.

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

世界大百科事典(旧版)内の焼入れの言及

【消光】より

…消光には,蛍光やリン(燐)光などのルミネセンスの強度がなんらかの作用によって減少する現象と,複屈折性の結晶板を偏光方向が互いに直交している2枚の偏光子の間に置いて見るとき,結晶板を回転していくとある特定の方位で視野が暗黒になる現象との二つがあり,前者をクエンチングquenching,後者をエクスチンクションextinctionという。 クエンチングは,(1)発光分子の有している励起エネルギーを消光物質との衝突によって失うか,(2)消光物質との衝突によって化学反応を起こしたり,発光を起こさない分子間化合物をつくるか,(3)発光分子が,非放射遷移や分解反応などによって発光を起こさない分子状態に変わる,などの方法で起こる。…

【日本刀】より

…刀の刃文はこの土取りの形によって,一直線にとれば直刃,斜めに線を入れたり部分的に土を置いたりなど,土の取りようをかえれば乱刃というように,基本の点は決まる。 これがかわくと炉に入れて焼入れをする。火加減はほぼ750~850℃であるが,刀工は焼入れの適度さを刀身の火色で感じとるのであって,よく熟したカキやミカンの色がたとえにひかれる。…

※「焼入れ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

仕事納

〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...

仕事納の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android