最新 心理学事典 「消費者行動」の解説
しょうひしゃこうどう
消費者行動
consumer behavior
【消費者心理学の歴史と理論】 消費者行動にかかわる心理学的研究は,スコットScott,W.D.の『広告の理論The theory of advertising』(1903)や産業心理学の祖であるミュンスターベルクMünsterberg,H.の『心理学と経済生活Psychologie und Wirtschaftsleben』(1912)に代表されるように,20世紀初頭から広告や販売の効果を中心に取り組まれた。その後,経済の発展に伴って消費者行動に関する研究が本格的に取り組まれるようになったのは1950年代以降である。消費者行動に対する心理学的アプローチは,生理,知覚,認知,学習,動機づけ,感情,人格,社会など,心理学の多くの領域と関連があるだけではなく,マーケティング論,広告論,経済学,社会学,文化人類学,記号論などの心理学以外の多くの領域との学際的研究を特色としている。消費者行動は,消費者個人の特性や心理,消費者を取り巻く対人,集団,社会,文化等の外部環境要因など,多数の要因や心理的機能から研究する必要がある。
1960年代には,このような多くの概念を取り込んだ消費者意思決定モデルconsumer decision making modelが提案されるようになった。ハワードHoward,J.A.とシェスSheth,J.N.(1969)は,ハルHull,C.L.の学習理論,オズグッドOsgood,C.E.の認知理論,バーラインBerlyne,D.E.の探索行動理論などを統合してS-O-R型の消費者意思決定モデルを構築した。企業のマーケティング活動などを入力変数inputs,消費者の購買行動を出力変数outputsとし,仮説構成概念(知覚構成概念perceptual constructsと学習構成概念learning constructs)から消費者の意思決定を説明するモデルである。1970年代になると,消費者の態度を説明し,消費者行動を予測する多属性態度モデルmulti-attribute attitude modelの研究が盛んに行なわれるようになった。多属性態度モデルはローゼンバーグRosenberg,M.J.(1956)の期待理論やフィッシュバインFishbein,M.(1963)の態度形成モデルをベースにしてマーケティング研究に応用されてきた。消費者は選択基準となるいくつかの製品属性に対する価値や評価基準をもっており,選択対象となるブランドに対して期待や信念を抱くことを前提としている。多属性態度モデルはさまざまなタイプのモデルが提案され,モデルの妥当性を巡って大きな論争があった。
1970年代後半になると,消費者意思決定の研究の関心は,認知心理学から強い影響を受け,消費者情報処理consumer information processingの研究へ移行した。ベットマンBettman,J.R.(1979)は,消費者を消費目標を達成するための情報処理者とみなし,情報処理理論を構築した。理論の中核は,消費者の限られた情報処理容量のなかで,動機づけ・目標階層⇄注意⇄情報獲得と評価⇄意思決定過程⇄消費と学習過程といった情報処理の過程が構造化されている。ベットマンは,購買の候補となる複数のブランドから最終的に購入するブランドに絞り込むために消費者が用いる意思決定方略を選択ヒューリスティクスselection heuristicsと命名し,10種類の選択ヒューリスティクスを示した。消費者意思決定の研究は,消費者の合理的,論理的,認知的な行動の側面に科学的に焦点が当てられてきた。実証研究だけでは消費者行動を説明するには十分ではなく,必ずしも客観性が担保される必要はなく,消費行為の意味を解釈することが重要であるとするポストモダン・マーケティングpostmodern marketingの視点からの研究も見られるようになったが,今なお,実証主義の消費者行動研究が主流である。
【消費者心理学の諸側面】 ⑴関与involvement 製品,ブランド,広告,店舗などの対象に対する消費者の動機づけや価値体系にいかに関連しているかで,消費者行動に差異が生じる。関与の対象,構成要素などによって関与は非常に多くの概念化がなされてきた。高関与か低関与かといった消費者の関与の水準によって,消費者の意思決定の過程,情報探索や情報処理,広告接触,購買行動などに違いが生じる。消費者意思決定の研究では,暗黙のうちに高関与の消費者行動が想定されてきたが,日常的になされる購買行動では低関与であり,低関与型の消費者行動に関心が集まった。ペティPetty,R.E.とカシオッポCacioppo,J.T.(1981)の精緻化見込みモデルは消費者行動研究に援用され,数多くの研究を生み出してきた。関与と購買行動,広告コミュニケーション効果を検証することによってもたらされるマーケティング実務への含意は数多くある。
⑵動機づけmotivation 消費者の動機づけは,生理的欲求,社会的欲求など,人間のあらゆる欲望や欲求に関連している。消費者の動機づけを説明する特有の概念はないが,どのような消費行動もマズローMaslow,A.H.(1970)の欲求5段階説のいずれか,あるいは,複数の欲求に関連して始発された行動と考えることができる。製品開発などで消費者の購買動機を探ることはマーケティング実務で重要な研究課題となっている。近年,消費者の感情の機能や役割に焦点が当てられるようになってきた。感情が購買意思決定や情報処理に与える影響,広告による感情喚起がコミュニケーション効果の違いに与える影響,消費者がおかれている状況において喚起された感情が情報処理や購買行動に与える影響などが研究の対象となっている。2000年代に入ってからは,fMRI(機能的磁気共鳴画像)などの脳内活動を測定する装置を用いて,消費者の動機づけや感情を測定し,製品開発や広告活動に援用しようとするニューロマーケティングneuromarketingが注目を集めている。
⑶知識と記憶knowlege and memory 企業のマーケティング活動の諸要素を消費者がいかに認知し,記憶されるかは重要な研究テーマとなってきた。消費者情報処理研究では短期記憶が問題となるが,ブランド構築の視点から,ケラーKeller,K.L.(1998)はブランド認知(再生・再認)とブランド連想からなるブランド知識モデルを提唱した。その他,ブランドのカテゴリー化,推論,ポジショニングなどから研究が行なわれている。
⑷価格の知覚price perception 商品の価格と消費者の価値判断は必ずしも線形的な関係にあるわけではない。小嶋外弘(1986)は,消費者の価格判断,価格と商品評価,心理的価格づけの効果,心理的財布など,価格と消費者の知覚判断や数々の心理的法則を見いだした。同様の心理的側面をトベルスキーTversky,A.とカーネマンKahneman,D.(1981)は,価格の客観的特徴が同じであっても,問題の認識構造が異なる場合,フレーミング効果によって結果が異なることを明らかにした。現在は,このような領域は行動経済学behavioral economicsとして経済学やファイナンスの領域で盛んに研究が行なわれている。
⑸対人・集団の影響personal and group influence 消費者行動に影響する対人・集団は,クチコミの情報の伝播,カッツKatz,D.とラザースフェルドLazarsfeld,P.(1955)のオピニオン・リーダーを介した情報の2段階流れ,ロジャーズRogers,E.M.(1962)が提唱したイノベータの存在と新製品の普及過程,集団への同調と逸脱といった問題が扱われてきた。これらの研究は,マーケティング・コミュニケーションにおいてマスメディアの影響が圧倒的に強く,消費者個人間のコミュニケーションはクチコミをはじめとする個人的な手段が前提とされてきた。インターネットが普及した現在,従来型の概念やモデルがそのまま有用である場合もあるが,マスメディアとインターネットのメディア特性,リアルなコミュニケーションとオンライン上のコミュニケーションやネットワーク,消費者個人による情報発信と他者によるその情報の利用による問題など,考慮すべき新しい研究課題が山積している。 →広告心理学 →マーケティング
〔杉本 徹雄〕
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