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深江蘆舟 ふかえ ろしゅう

美術人名辞典の解説

深江蘆舟

江戸中期の画家。京都生。銀座役人深江庄左衛門の子。名は庄六別号に青白堂等。父と同じく銀座年寄であった中村内蔵助尾形光琳庇護者であった関係から、尾形光琳に師事し、宗達派の作品に学んだ。代表作に「蔦の細道図屏風」等。宝暦7年(1757)歿、59才。

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百科事典マイペディアの解説

深江蘆舟【ふかえろしゅう】

江戸中期の画家。銀座方役人であった深江庄左衛門の子。尾形光琳に師事したとされるが,より強く俵屋宗達の影響を受け《蔦(つた)の細道図屏風(びょうぶ)》や多数の草花図を描いた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

深江蘆舟 ふかえ-ろしゅう

1699-1757 江戸時代中期の画家。
元禄(げんろく)12年生まれ。京都銀座年寄筆頭役深江庄左衛門の長男。父の同僚中村内蔵助(くらのすけ)が尾形光琳(こうりん)の庇護(ひご)者であったことから,光琳や宗達(そうたつ)派の画風をまなぶ。宝暦7年4月8日死去。59歳。名は庄六。別号に青白堂。作品に「蔦の細道図屏風」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

深江蘆舟

没年:宝暦7.4.8(1757.5.25)
生年:元禄12(1699)
江戸中期の京都の画家。名は庄六。16歳で銀座役人であった父の処罰に連座。絵はほとんど独学で尾形光琳や宗達派の作品に学ぶ。代表作は「蔦の細道図屏風」(梅沢記念館蔵)。<参考文献>山根有三他編『琳派絵画全集 光琳派2』

(仲町啓子)

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世界大百科事典 第2版の解説

ふかえろしゅう【深江蘆舟】

1699‐1757(元禄12‐宝暦7)
江戸中期の琳派画家。名は庄六,別号は青白堂。京都銀座の年寄筆頭役深江庄左衛門の長男に生まれる。1714年(正徳4)の銀座手入れにより父は流罪となり,蘆舟も処罰を受けた。銀座年寄中村内蔵助を通じて尾形光琳を知り師事したと推定されるが,より強く宗達派の影響を受け,素朴な装飾性に溢れた物語絵や草花図を遺した。代表作に《蔦の細道図屛風》(梅沢記念館,クリーブランド美術館),《四季草花図屛風》などがある。【河野 元昭

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

深江蘆舟
ふかえろしゅう

[生]元禄12(1699).京都
[没]宝暦7(1757).京都
江戸時代中期の画家。銀座役人深江庄左衛門の長男。名は庄六。尾形光琳にごく短期間師事したと考えられている。蘆舟の作風は光琳の装飾的な画趣に加えて,宗達画の筆法モチーフを取入れ,古典的格調の高さを感じさせる。主要作品『蔦の細道図屏風』 (梅沢記念館) 。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

深江蘆舟
ふかえろしゅう
(1699―1757)

江戸中期の画家。名は庄六(しょうろく)。別号は青白堂。京都の銀座商人、深江庄左衛門の長男。尾形光琳(こうりん)の有力な後援者で銀座役人の中村内蔵助(くらのすけ)と父との関係から、若いころ光琳に師事したと思われ、琳派の中堅画家として知られる。俵屋宗達(そうたつ)の『伊勢(いせ)物語色紙』に図柄を求めた『蔦細道(つたのほそみち)図』屏風(びょうぶ)3点(東京・梅沢記念館、クリーブランド美術館ほか)のほか、『草花図』が多く伝わる。洗練された光琳の技法感覚より、むしろ宗達ないしその一派の画風につながる素朴で古様な作風を示す。[村重 寧]

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