朝日日本歴史人物事典 「源兼忠」の解説
源兼忠
生年:永暦1(1160)
鎌倉初期の公卿。壬生中納言と号す。権中納言源雅頼と中納言藤原家成の娘の子。養父は右少弁源俊定。乳母の夫は源頼朝の近習であった中原親能。侍従,弁官,蔵人頭を経て大和守,近江守,周防権守,備中権守を兼任,後白河院庁別当ともなる。建久9(1198)年正三位,建仁2(1202)年権中納言となるが,翌年罷官。建永1(1206)年ごろにはすでに精神に異常を来しており,誇大妄想に駆られしばしば奇矯な行動が見られたという。
(櫻井陽子)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報