源兼忠(読み)みなもとの かねただ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「源兼忠」の解説

源兼忠(1) みなもとの-かねただ

901-958 平安時代中期の公卿(くぎょう)。
延喜(えんぎ)元年生まれ。貞元(さだもと)親王の第1王子。母は藤原基経(もとつね)の娘。臣籍にはいり,源姓をあたえられた。清和源氏別流。正四位下,参議兼治部卿。養子にした甥(おい)の重之(しげゆき)は歌人として知られる。天徳2年7月1日死去。58歳。

源兼忠(2) みなもとの-かねただ

1160-1209 鎌倉時代の公卿(くぎょう)。
永暦(えいりゃく)元年生まれ。源雅頼次男。母は藤原家成の娘。文治(ぶんじ)4年(1188)参議。正三位にすすみ,権(ごんの)中納言致仕壬生(みぶ)中納言とよばれた。晩年精神に異常をきたしたという。承元(じょうげん)3年3月17日死去。50歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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