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火星探査機 かせいたんさき Mars probe

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

火星探査機
かせいたんさき
Mars probe

火星を調査するために打上げられる飛行体。 1964年 11月 28日に打上げられたアメリカマリナー4号が,初めて火星から約1万 kmのところまで接近し (1965.7.) ,22枚の地形写真を送ってきた。

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百科事典マイペディアの解説

火星探査機【かせいたんさき】

火星およびその大気や,火星の衛星の観測・調査を目的とする探査機。打上げのチャンスは約26ヵ月おきの火星の接近時に訪れる。1962年11月ソ連が発射した自動惑星間ステーションマルス1号が最初で,次の機会の1964年11月にソ連はゾンド2号を打ち上げたが,両者ともに電波連絡が切れたりして失敗。
→関連項目火星マリナー計画惑星探査機

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

火星探査機
かせいたんさき

火星、その衛星、または火星周辺の宇宙環境を観測するための機器。[岩田 勉]

歴史

最初に火星を目ざした探査機は、1960年10月10日、ソ連によって打ち上げられたが、地球周回速度に達せず失敗した。4日後、14日にも2号機を打ち上げたが、同様な失敗に終わった。ソ連は2年後、1962年10月24日、同年11月1日および4日と3機続けて打ち上げたが、1番目と3番目の探査機は、地球周回軌道から火星へ向かう軌道に乗り移れずに、失敗した。2番目の探査機は、火星へ向かって進んだので、マルス(「火星」)1号と名づけられた。マルス1号は、1963年3月21日通信がとだえたが、そのときの速度から計算して、同年6月19日、火星から19万3000キロメートル以内に達したはずである。
 1964年11月5日、アメリカ(NASA(ナサ)=アメリカ航空宇宙局)は初めて火星探査機マリナー3号を打ち上げたが、火星への軌道に乗り移れず、失敗した。同年11月28日、マリナー4号が打ち上げられ、順調に飛行し、翌1965年7月14日、火星近傍9850キロメートルを通過し、22枚の写真撮影に成功した。このとき、火星には磁場がないこと、大気圧が地球の1%以下であることなどが明らかにされた。ソ連は1964年11月30日、ゾンド2号を打ち上げた。この探査機は翌1965年5月4日ころ、通信が途絶したが、火星から1500キロメートル以内に達したはずである。ソ連は1965年7月18日に打ち上げたゾンド3号で、火星付近に達したといわれている。また、1967年3月27日の打上げにも失敗したが、これは着陸を目ざした探査機であったという。
 アメリカは1969年2月24日、同年3月27日と続けて、マリナー6号、7号を打ち上げ、両機とも、火星近傍からの写真撮影に成功した。1971年5月8日、5月30日にはマリナー8号および9号が打ち上げられ、8号は失敗したが、9号は11月13日、火星周回軌道に投入され、翌1972年10月27日まで稼働し、火星表面の70%を、7329枚の写真に撮影した。ソ連も1971年5月10日、5月19日、および5月28日に、コスモス419号、マルス2号、およびマルス3号を火星に向けて打ち上げた。コスモス419号は火星への軌道に乗り移れず、失敗した。マルス2号は同年11月27日、火星周回軌道に投入され着陸機を分離したが、通信がとだえた。マルス3号は12月2日火星周回軌道に投入され分離された着陸機は軟着陸に成功したが、20秒で通信がとだえた。
 1973年7月21日、7月25日、8月5日、および8月9日、ソ連はマルス4号、5号、6号および7号を打ち上げた。3機とも翌1974年2月から3月にかけて火星近傍に到達し、火星周回軌道に移ろうとしたが、4号と7号は周回軌道投入エンジンの故障により失敗した。5号は2月12日火星周回に成功し写真を撮影した。6号は着陸機を分離し、大気降下中のデータを送ってきたが,着陸直前に通信がとだえた。
 1975年8月20日および9月9日にアメリカはバイキング1号および2号を打ち上げた。1号は翌1976年7月20日に火星のクリュセ平原に着陸し、1982年11月に動作停止するまで、2450枚の写真を撮影し、大気観測、生物探査を行った。2号は9月3日にユートピア平原に着陸し、1980年3月に動作停止するまで、2170枚の写真を撮影した。
 バイキング1号、2号の成功の後、火星探査に関しては、アメリカとソ連の競争に決着がついたためか、長く空白期間が続いた。1988年になって、ソ連は7月7日および7月12日に、火星の衛星フォボスへの着陸を目ざして、フォボス1号および2号を打ち上げたが、1号は8月29日、地上局管制のミスが原因で通信がとだえた。2号は翌1989年1月28日火星周回軌道に乗ったが、フォボスへの着陸機投下前、搭載計算機の故障により3月27日に通信がとだえた。1992年9月25日、アメリカは火星の精密な周回観測を目ざしたマーズ・オブザーバーを打ち上げたが、火星周回軌道投入3日前の1993年8月21日に、加速のため推進薬タンクを加圧中に通信がとだえた。
 1996年11月7日、アメリカは失敗したマーズ・オブザーバーの小型後継機、マーズ・グローバル・サーベイヤ(MGS)を打ち上げた。この探査機は1997年9月12日に火星軌道に到着し、火星周回極軌道に投入され、1998年3月ごろから火星表面の観測を始める予定であったが、太陽電池パネルの機能不全で延期となり、1999年3月より撮影が始まった。また、1996年11月16日には、ロシア、フランス、ドイツ、フィンランドなどの国際協力による火星探査機マルス96が打ち上げられたが、火星へ向かう軌道に乗り移れずに失敗、南太平洋に落下した。マルス96は、火星の周辺環境、大気、地表物質、地震などの観測を目的とし、着陸機2機、ペネトレータ(通過機)2機および周回観測機で構成されていた。
 1996年12月4日、アメリカはMGSに続いて、火星着陸機マーズ・パスファインダーを打ち上げた。この探査機は速い速度の軌道に乗り移り、火星周回軌道を経ずに、1997年7月4日、アメリカの独立記念日にあわせて火星大気に高速度で突入した。そして数分後に、パラシュートとエアバッグを使って火星に軟着陸し、火星地面の画像を送信してきた。着陸機に搭載されていた小型ローバ(探査車)の「ソジャーナ」は、重量15.5キログラム、火星地面を秒速1センチメートルの速度で走行して静止画像を撮影し、アルファ線・陽子線・X線放射計で地表岩石を測定した。
 1998年7月4日、日本は、初の火星探査機「のぞみ」(PLANET‐B)を打ち上げた。1999年10月に火星に到達する予定であったが、推進機の不具合などの理由から計画が変更された。その後、通信が回復しないなどの不具合の復旧の見通しがたたず、2003年12月31日、地上管制局からの送信電波を停止した。
 21世紀に入った2001年4月7日、アメリカは「2001マーズ・オデッセイ」を打ち上げた。マーズ・オデッセイは、同年10月火星の周回軌道に入り、2002年から本格的な調査が始まった。
 2003年、地球に火星が大接近する好機を利用し、3機の火星探査機が打ち上げられた。まず、6月2日、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)が、無人探査機マーズ・エクスプレスを打ち上げた。これに続く6月10日、アメリカはマーズ・エクスプロレーション・ローバ1号機を、7月7日には2号機を打ち上げた。ESAのマーズ・エクスプレスから12月19日に切り離された着陸機「ビーグル2」は、25日に火星大気圏に突入したが、その後消息がわからなくなった。一方、アメリカのローバ1号機(「スピリット」)は、2004年1月3日火星地面に軟着陸し、地表の写真を送信した。また、2号機(「オポチュニティ」)も1月25日火星地面に軟着陸した。NASAは同年3月、ローバによる地質調査で、火星表面に一定期間、水が液体状で存在していたことを確認したと発表した。それまでも火星での水の存在を示唆(しさ)する観測データはあったが、地質調査で直接確認されたのはこれが初めてであった。水の存在は生命に不可欠なため、この発見は火星にもかつて生命体が存在していた可能性を高めるものとしても注目された。
 2005年8月12日にNASAは火星偵察軌道機(MRO)を打ち上げた。同機は2006年3月10日に火星に到達し、その後5か月をかけて空気ブレーキにより減速を続けて予定の観測軌道に投入され、さらに3か月の機器点検の後、科学観測を開始し、カメラ、分光計、レーダーなどの観測機器で火星表面の詳細な地形、火星気象の時間変化などの観測を続けている。
 さらに、2007年8月4日にはフェニックス火星探査機が打ち上げられた。同機は2008年5月25日に火星北極に着陸し、地表面土壌を機械的熱的化学的に実験処理して、火星において水の状態が歴史的にどう変化したかを調べ、また火星に微生物の繁殖可能な環境がないかを調査した。生物繁殖を促進する要素として氷塊を発見したが、同時に繁殖を阻害する過塩素酸なども発見した。[岩田 勉]

探査機の飛行軌道

火星は太陽を焦点とする楕円(だえん)軌道を687日の周期で周回している。エネルギー最小で地球から火星に到達するためには、地球公転軌道に外接し火星公転軌道に内接するような楕円に沿って飛行することになる。このような軌道を遷移軌道という。地球から火星への遷移軌道に乗れる機会は2年2か月ごとにくる。この時期から外れるほど、必要エネルギーは大きくなる。これまでの火星探査機はすべて、この機会にこの遷移軌道に投入されている。
 マーズ・パスファインダーを例として飛行の過程をみると、打上げ、遷移軌道投入、火星大気突入、着陸と4段階に分かれている。打上げは、1996年12月4日午前1時58分(現地時間)、ケープ・カナベラル基地からデルタ7925ロケットにより行われた。時刻は地球脱出時の速度方向が火星遷移軌道へ向かうように選ばれた。月日はエネルギー最小時期よりは数週間遅くしたが、これはアメリカ独立記念日に着陸日をあわせるためである。探査機は地球大気圏外に達し、さらにロケットを噴射して火星への遷移軌道に投入された。遷移軌道上で、1997年1月9日、2月3日、5月6日、および7月25日と探査機は4回、軌道補正を行った。補正時のロケット噴射量は軌道投入時に比べるとわずかである。遷移軌道上で探査機は、機体中心軸を地球に向けて毎秒2回転の自転運動を行っている。この自転によって探査機の姿勢は一定となるので、アンテナを地球に向けて通信を確保し、太陽電池パネルを太陽方向に向け、また太陽熱を陰の側に逃すような表面加工を施すことができる。火星に到達する4日前、6月30日に姿勢を変え、火星の大気に対する進行方向に頭を向ける。探査機は、火星上空125キロメートルで、火星大気に対し秒速7600メートル、角度14.2度で突入する。突入70秒後に大気抵抗による減速加速度は最大20Gに達する。大気との摩擦による発熱は探査機表面の熱吸収材により吸収遮断される。2、3分後、高度は10キロメートル程度、速度は秒速400メートル程度に落ち、パラシュートが開き、その後は垂直に秒速数十メートルで落ちていく。地上300メートルで、エアバッグを膨らませた後、地上50メートルで逆噴射ロケットを作動させて、落下をいったん止める。そこから自由落下した探査機はエアバッグをクッションとして軟着陸する。このとき7月4日の未明となる。
 マーズ・パスファインダーは、火星直接突入という軌道をとっている。バイキングなど、それ以前の火星探査機がとった軌道は、火星公転軌道と接する遷移軌道からロケットで加速して火星周回軌道に投入され、何回か火星を周回した後で、ロケットで減速して、高度を下げ、火星大気に突入している。バイキングの大気突入速度が4.2キロメートルであったのに対し、マーズ・パスファインダーは7.6キロメートルとずっと大きく、高度な制御技術を要している。この探査機は低コストで太陽系を探査する技術の実証を目的としており、そのために全体を小型軽量とし、高度な空気力学的制御技術、およびエアバッグのような柔軟膨張構造物を利用した設計となった。[岩田 勉]

探査機の機構

探査機は、基本的には、宇宙機一般と同様な機構をもつ。すなわち、地球上の操作者との通信のための電波送受信機、アンテナ、運動のためのロケット推進装置、回転を制御するフライホイール、自分の位置、姿勢を検知するための太陽検知器、恒星検知器、ジャイロ、加速度計、データ処理のためのコンピュータ、すべての機器に電力を供給する太陽電池と蓄電池、温度を一定に保つ熱制御表面、全体を収納する機体構造である。これらは宇宙空間で生き残り、飛行し、地球へデータを送るためには必要な機器である。これに加え、火星探査機は観測のための機器を搭載する。可視赤外多重スペクトルカメラ、分光計、紫外線・X線・ガンマ線分光計、磁気計測器、レーダーなどが周回観測機には搭載される。これらは火星表面や大気の物質組成、構造、形態などの情報を取得して地球局へ送信する。火星へ着陸する探査機の場合は、着陸用装置一式、すなわち大気減速用殻板、その表面の耐熱材、パラシュート、減速ロケット、着陸衝撃吸収装置、高度計、速度計、誘導コンピュータ、そのソフトウェアなどである。さらに、ローバのように火星表面を移動する探査機は、それに搭載する通信機、電源、熱制御材、車輪駆動機構、位置・方向検知器、カメラ、地表物質測定器、マニピュレータなどを着陸機本体とは別に、あるいは着陸機と一体化したものとして、必要とする。[岩田 勉]
『松浦晋也著『恐るべき旅路――火星探査機「のぞみ」のたどった12年』新版(2007・朝日新聞出版)』

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世界大百科事典内の火星探査機の言及

【惑星】より

…その結果水星表面は月面と同じように一面にクレーターにおおわれていること,表面温度が+510~-210℃程度で,きわめて薄い大気(アルゴン,ネオン,ヘリウムからなり100万兆分の1atm)と地球の1%程度の磁場のあることが判明した。
[火星探査機]
 火星の探査に初めて成功したのは1964年11月に打ち上げられたアメリカのマリナー4号である。同探査機は65年7月火星から9600kmを通過,21枚の写真により,火星にも月のようなクレーターがあり,運河や流水のないこと,大気はほとんど炭酸ガスで,その気圧は地球表面の1%程度しかなく,また火星には放射線帯も磁場もないことを明らかにした。…

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