日本大百科全書(ニッポニカ)「火星」の解説
火星
かせい
Mars
地球の軌道のすぐ外側を運動している太陽系の惑星。太陽から見て4番目の軌道を公転している。赤く見え、古来、戦争や不幸と結び付けて考えていた民族が多い。火星のヨーロッパ名マルスは軍神をさす。中国では「熒惑(けいわく)」ともよんだ。日本では西南戦争後、西郷隆盛の霊とされ「西郷星」とよばれたこともある。
[村山定男]
軌道
火星の太陽からの平均距離は1.5237天文単位(2億2794万キロメートル)、公転周期は1.8809年(地球の日数で687日)である。軌道の離心率は0.09339で、水星に次いで大きく、かなりな楕円(だえん)軌道をもち、太陽からの距離は近日点と遠日点では4200万キロメートル余りの差がある。
[村山定男]
火星の接近
この大きな離心率のために、火星と地球の間の距離は大きく変化する。地球との会合周期は780日である。いいかえれば地球は780日(約2年2か月)ごとに火星に追いついて衝(しょう)となり、そのころ地球と火星が接近する。しかし、火星の軌道の離心率が大きいため、地球と火星の軌道の間隔は衝のおこる方向によってかなり異なる。火星の近日点の方向にあたる8月ごろに衝となれば、地球と火星の間はおよそ5600万キロメートルの「大接近」となる。反対に遠日点の方向にあたる2月ごろに衝となれば、1億キロメートル余りまでしか接近しない。軌道のほぼ同じ位置で衝となるのは、2年2か月ごとの接近を7~8回繰り返して一度であり、大接近は15~17年ごとにおこる。20世紀中の大接近は1909年、1924年、1939年、1956年、1971年、1988年であり、もっとも接近したのは1924年の5578万キロメートルであった。21世紀最初の大接近となる2003年は、地球と火星の距離が5576万キロメートルと過去3000年に例がない大接近であり、次にこれを上まわるのは2287年である。
[村山定男]
大きさ・自転・明るさ
火星の赤道半径は3397キロメートルで、地球の半分余り、月の約2倍である。質量は地球の0.107倍、密度は水の3.93倍である。自転周期は24時間37分余りで、地球よりわずかに長い。自転軸の傾きは25度余りで、地球とよく似ており、四季の変化がある。また表面重力は地球の0.37倍である。
火星の明るさは、大接近のころの極大光度がマイナス2.8等で、木星をしのぎ金星の次に明るく、視直径は25秒余り、70倍の望遠鏡で、ほぼ肉眼で見る満月の大きさに見える。
[村山定男]
火星表面の模様
望遠鏡で火星の表面を見ると赤橙(せきとう)色の表面に薄暗い模様が見える。火星の表面模様を初めて記録したのはオランダのホイヘンスで、1659年のことであった。その後、望遠鏡の発達とともに詳しい観測が行われるようになり、最初に火星面の地図を描いたのは、1840年、ドイツのベールWilhelm Beer(1797―1850)とメドレルJohann Mädler(1794―1874)であった。1877年の火星大接近のとき、イタリアのミラノの天文台長であったスキャパレリは口径22センチメートルの屈折望遠鏡で火星面模様の詳しい測定を行い、多くの模様にラテン語で、古代の地名や神話にちなんだ名称をつけた。スキャパレリ以前にも一部の模様には人名などがつけられたことがあるが、以後はこのスキャパレリの命名が広く用いられるようになった。
[村山定男]
運河
スキャパレリは、大きな暗い模様には海、すこし小さいものには湖・湾などの名をつけたが、そのほかに多くの線状の模様を観測してカナリ(水路)とよんだ。これがのちに「火星の運河」とよばれて論議の的となったものである。とくにアメリカのローウェルは19世紀末から20世紀の初めにかけて、アリゾナ州のフラッグスタッフに61センチメートルの屈折望遠鏡を備えた私立天文台を建て、火星の観測に熱中した。彼によれば、運河は幾何学的な直線であって網のように火星の全面を覆い、しかもいろいろと不可思議な変化をするところから、とうてい自然現象とは思われず、火星の高等生物が乾いた火星面に灌漑(かんがい)を行うためにつくった運河である、と主張した。
このような運河が実在するか否かについては賛否両論が対立し、長く論議が続いたが、火星表面の温度や大気などについての物理的な観測が始まって、火星面は高等生物が住めるような条件ではないと考えられるようになり、一世を風靡(ふうび)した火星人説も消えていった。望遠鏡観測時代の総決算ともいえるもっとも詳細な火星図は、1930年にフランスのアントニアディEugène Antoniadi(1870―1944)によってつくられた。彼は運河を斑点(はんてん)の連続や明暗の区域の境界などとして描いている。
[村山定男]
極冠
火星の表面模様に季節に伴い、あるいは永年的に変化がおこることは広く認められている。なかでも目だつのは、北極・南極に白く見える極冠で、冬季には大きく広がるが、夏の終わりにはほとんど消えてしまう。古くから極地の雲と考えられてきたが、今日では、二酸化炭素が凍ったドライアイスであるという説が有力である。しかし、少なくとも夏の終わりまで残る極冠の中心部は、二酸化炭素の凍結する温度より高温であることから、氷であると考えられている。
このほか、模様の濃さや形が季節変化をするものも多く、一般に夏季には濃さを増し、冬季には薄れる。また長年月の間にしだいに形や面積を変える模様もあり、突然現れる斑点などもある。
[村山定男]
雲
火星表面にはしばしば雲も現れ、とくに夜明け時や夕暮れ時にあたる地方に白雲が輝いて見られることが多い。また、ときには広範囲に黄色の雲が現れる。この黄雲は砂嵐(すなあらし)で、とくに南半球の夏季に大規模なものが現れることが多く、火星全面の暗斑が見えなくなってしまうような場合もある。
[村山定男]
地形
望遠鏡観測の時代からの火星に関する知識をさらに詳しく究め、あるいはまったく新しい知識をもたらしたのが火星探査機である。1965年に初めて火星に接近して観測したアメリカのマリナー4号は、火星表面に多くのクレーターが存在することを発見して学界を驚かせた。その後、1969年にはマリナー6号、7号が観測を行い、さらに1971年のマリナー9号は火星の人工衛星となって、長期にわたり火星面の写真撮影などを行って火星面地形を明らかにした。
火星表面には多くのクレーターのほかに、多くの巨大火山も存在することが判明した。とくにタルシス地方とよばれる地域には巨大な火山が並び立ち、その最大のものは「オリンパスの山」と命名され、高さは周囲の平原から2万6000メートル、山麓(さんろく)の直径は600キロメートルに及ぶ。また火星面には種々の谷が見られ、もっとも著しいものは「マリナーの谷」とよばれる長さ4300キロメートル、最大幅200キロメートルに及ぶ大地溝である。また谷の中には水の侵食によると思われるものも多く、今日では乾燥している火星面にもかつてはかなりの流水があったと考える学者も多い。
[村山定男]
大気・生物
火星表面の状況をもっとも詳細に探査したのは、1976年夏に火星面に軟着陸して観測を行ったアメリカ(NASA(ナサ)=アメリカ航空宇宙局)のバイキング1号、2号で、この探査機によって初めて火星の大気や土壌の性質、生物の有無などが直接に調べられた。その結果によれば、火星の大気圧は6~7ヘクトパスカル、大気の組成は二酸化炭素が95.3%を占め、残りは窒素2.7%、アルゴン1.6%、酸素は0.3%などとなっている。
水蒸気はきわめて乏しく、液体の水に換算すると2~30マイクロメートルの厚さにしかならない。また火星の地下には凍土状となってかなりの水が存在すると考えられているし、火星面の岩石中からも水分が存在したことを示すと考えられるデータが検出された。なお、バイキング着陸地点での気温は零下30~零下80℃であった。
バイキング以後も何度か火星探査は試みられた。アメリカは1996年、マーズ・パスファインダーを打ち上げ、同機は翌年、火星に着陸、ローバー(探査車)による地表観測などを行った。2003年にはマーズ・エクスプロレーション・ローバー2機(「スピリット」と「オポチュニティ」)を打ち上げ、2機とも翌2004年1月に火星に着陸、探査活動を開始した。
NASAは同年3月、ローバーによる地質調査で、火星表面に一定期間、水が液体状で存在していたことを確認したと発表した。それまでも火星での水の存在を示唆(しさ)する観測データはあったが、地質調査で直接確認されたのはこれが初めてであった。火星に生命体が存在することを示すデータはこれまでのところ得られていないが、水の存在は生命に不可欠なため、この発見はその可能性を高めるものとしても注目された。
[村山定男]
衛星
火星は二つの小さな衛星をもち、内側のフォボスは火星の表面からわずか6000キロメートルのところを0.319日(7時間39分)で公転している。これは火星の自転周期よりはるかに短いので、火星世界から見ると、西から出て東に没するように見える。外側のデイモスはフォボスの2倍余りの距離のところを1.262日(1日6時間18分)の周期で公転している。そのため東から昇るが西に没するまでに38時間を要する。フォボス、デイモスともに探査機の写真によって詳しく調べられた。二つの衛星は多くのクレーターに覆われた不規則な形をしているが、だいたいにおいてフォボスは長径が26キロメートル、デイモスは16キロメートルの回転楕円(だえん)体であることが判明した。この二つの小衛星は、太陽光の反射光の性質などがある種の小惑星に似ており、火星の引力にとらえられた小惑星である可能性が大きい。
[村山定男]
『P・ムーア、C・クロス著、斉田博訳『火星』(1975・誠文堂新光社)』▽『宮本正太郎著『火星――赤い惑星の正体』(1978・東海大学出版会)』▽『P・レイバーン著、小池惇平監修『火星 解き明かされる赤い惑星の謎』(1997・日経ナショナルジオグラフィック社)』▽『NASA協力、小尾信弥訳『火星 探査衛星写真』(2003・朝倉書店)』▽『小森長生著『火星の驚異 赤い惑星の謎にせまる』(平凡社新書)』