ロシアの作家ツルゲーネフの長編小説。1862年発表。父の世代である1840年代の理想主義者たちの観念の世代と,子の世代である60年代の唯物論者たちの行動の世代の相克,新旧時代の断絶という永遠に新しい主題を追求した作品。61年の農奴解放後の変動期,作者は神を科学におきかえた唯物論者,過去のいっさいの権威の否定から新時代ははじまるとするニヒリストのバザーロフという。時代に先んじた強い形象をつくり出し,60年代には父たちは歴史の背景へおしやられ,ロシア社会改革のためにはバザーロフたちの雑階級知識人,行動の世代のエネルギーが必要であることを,この作品ではっきり認めた。バザーロフは余計者と異なり,知識も意志もあり,思想と行動が溶け合った,ロシア文学にはじめて現れた強い男である。しかし彼が美しい未亡人との愛の試練に動揺し,愛を否定しながらも強くひかれる彼女に見まもられ,老父母への愛を告白しながら,情を知る人間として死ぬ場面は感動的で,この作品を美しい愛の小説にしている。
執筆者:工藤 精一郎
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ロシアの作家ツルゲーネフの長編小説。1862年刊。60年代における父と子との世代の対立を描く。若き医学生バザーロフは既成の権威をすべて否定する「ニヒリスト」である。彼は芸術も哲学も宗教も認めない。科学的にその真理性が実証できないからである。40年代の知識人でリベラリストのパーベル・キルサーノフは、自分たちの世代の世界観を根底から覆そうとする現代青年バザーロフを憎み、彼と鋭く対立する。バザーロフは農奴解放後に平民のなかから出てくる行動的知識人の典型である。作者はこのニヒリストのうちに革命家をみた。
[佐々木彰]
『『父と子』(金子幸彦訳・岩波文庫/佐々木彰訳・講談社文庫)』▽『アイザィア・バーリン著、小池銈訳『父と子』(1977・みすず書房)』
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…当時もっとも幅広い教養と美意識の持主と目され,フランスの高踏派から象徴派の紹介,北欧のイプセン,ビョルンソンの移植,イギリス17世紀のジョン・ダンの再評価などに力があった。膨大な著作のなかで《17世紀研究》(1883),《イプセン》(1907),《肖像と素描》(1912)などの批評作品,父との葛藤を描いた自伝体小説《父と子》(1907)がとくに優れる。【出淵 博】。…
…長編第1作《ルージン》(1856)で典型的な〈余計者〉を形象化するなかで,1840年代の理想主義者たちの社会的役割を歴史に定着させ,以後変動する時代のロシア知識人の精神史を書くことを文学的使命とした。《貴族の巣》(1859)で郷愁と詩情をこめて滅びゆく貴族文化に挽歌を捧げ,《その前夜》(1860)でロシアの未来を担うのは雑階級の知識人であることを予告し,《父と子》(1862)で40年代の観念の世代と60年代の行動の世代の相克を描き,神を科学におきかえたニヒリスト,バザーロフという強い形象をつくり出し,ロシアの改革には彼らの力が必要であることを認めた。《けむり》(1867)で改革のから騒ぎへの幻滅を示し,《処女地》(1877)で〈民衆の中へ〉の運動の悲劇を書いた。…
…そのことを彼は1826年ミュンヘン大学創設のさいの演説の中で述べた。 だがニヒリズムという語が一般に普及しはじめたのは,ツルゲーネフの小説《父と子》(1862)でニヒリスト(虚無主義者)という表現が用いられたことによってだといわれる。この小説では,急進的インテリゲンチャのバザーロフがその学友アルカージーによってニヒリストと呼ばれている。…
…レーニンはロシア革命運動の中で,貴族とプロレタリアの革命家をつなぐ第2世代としてラズノチンツィの革命家(ベリンスキー,チェルヌイシェフスキー,ドブロリューボフたち)を指摘した。1861年の農奴解放前後のラズノチンツィ・インテリゲンチャの姿は,ツルゲーネフの小説《父と子》(1862)の主人公バザーロフに最もよく描かれている。彼らの多くは自然科学を学び,貴族的,理想主義的,観念論的な旧世代とその価値を否定した。…
※「父と子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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