コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

片岡市蔵(初代) かたおか いちぞう

2件 の用語解説(片岡市蔵(初代)の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

片岡市蔵(初代) かたおか-いちぞう

1792-1862 江戸時代後期の歌舞伎役者。
寛政4年生まれ。7代片岡仁左衛門の門にはいり,文化7年片岡市蔵を名のる。文政12年江戸にいき,市村座で活躍したのち,天保(てんぽう)5年大坂にかえる。実悪(じつあく)を演じ,当たり役に「太功記」の光秀などがある。文久2年7月22日死去。71歳。大坂出身。前名は藤川鐘弥。俳名は我丈,我升。屋号は竹川屋,天満屋,松島屋

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

片岡市蔵(初代)

没年:文久2.7.22(1862.8.17)
生年:寛政4(1792)
幕末の歌舞伎役者。俳名我丈,我升。屋号竹川屋,天満屋,松島屋。敵役藤川鐘九郎の3男。幼名鐘三郎,のち鐘弥。文化7(1810)年,7代目片岡仁左衛門に師事し,片岡市蔵の名で大坂宮地芝居,浜芝居に活躍した。文政3(1820)年には大坂大西芝居に出勤,以後大坂を中心に江戸,京都,名古屋,伊勢などの舞台を勤める。一貫して敵役,実悪を演じ,「実悪の親玉」と称された。安政ごろから眼病と老衰のため休みがちで,文久2(1862)年5月大坂角の芝居が最後の舞台となった。大柄で声も大きかったが,品格に欠け,世話物,素朴な老役を得意とした。名跡は昭和期の5代目におよぶ。

(加藤敦子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

片岡市蔵(初代)の関連キーワード大谷広次(五世)歌舞伎者歌舞伎役者浅尾与六(2代)片岡市蔵(3代)片岡市蔵(4代)河原崎国太郎(初代)中村玉七(初代)坂東秀調(初代)山下金作(5代)

今日のキーワード

パラリンピック

障害者スポーツ最高峰の大会。国際パラリンピック委員会(IPC : International Paralympic Committee)が主催している。もう1つのオリンピックという意味を表すparal...

続きを読む

コトバンク for iPhone