独身制(読み)どくしんせい

日本大百科全書(ニッポニカ) 「独身制」の意味・わかりやすい解説

独身制
どくしんせい

主として宗教的地位を獲得・維持するうえで結婚していないことが前提となる制度をいう。制度としての独身制は、仏教キリスト教でとくに重要である。独身制の成立には、登録などの公的承認を要するなどの結婚の法制化による独身状態の明確な定義と、一定部分の独身化による人口減少効果が社会全体の人口減少をもたらさない人口規模と人口状態の安定性とが前提とされる。それゆえ高度に発展した文化以外の独身制は局部的にのみ成立した。バビロニアローマインカなどの少数巫女(ふじょ)独身制は局部的な事例である。また特定の祭事狩猟に際し一時的に性交抑制する精進潔斎も独身制ではない。ユダヤ教聖職者禁欲主義もこの水準である。独身制が、法的、社会的な意味での独身状態のみを必要とするとみなし、その地位にある個人が不特定的な性交関係をもつのを否定しない文化があり、さらに、法的に認知されない事実婚状態にあることまでも容認する文化もある。

 独身制を強調した宗教的伝統としては、ほぼ同時期に古代インドで成立したジャイナ教と仏教が古い。両宗教では、結婚によって生じる家族関係が宗教的な悟りを妨げるとして、出家修行者の不淫(ふいん)(性交否定)を戒律とし、とくに仏教では紀元前後から僧院団員の独身制を制度化した。それ以来、時代と地域により事実婚までも容認することがあっても、近代に至るまで独身制が原則だった。日本の浄土真宗の妻帯許可、1873年(明治6)以降の日本仏教の妻帯許可は、現代アジアの仏教からみても例外的である。仏教の独身制がアジアの諸宗教に与えた影響は大きく、東アジアでは成立自体が仏教の強い影響によった道教の正統主義的教団で聖職者の独身制が制度化し、西アジアでも8~9世紀以降のスーフィー信仰で独身生活を重要視した。

 キリスト教の独身制の成立はやや遅く4世紀であった。キリスト教成立当初から、仏教と同じく、宗教的奉仕を完全に行えるとして独身生活を勧めたが、のちに終生の童貞性を強調する特徴的な独身制を制度化した。キリスト教独身制の理論的特徴は、肉に対する霊の優位などのやや一般的な二元論的発想に加えて、処女聖母から生まれた童貞のキリストへの奉仕には童貞性が必要であり、この奉仕が象徴的結婚であると考えた点にある。東方教会では上級聖職者のみに限定することが多かったが、ローマ教会では4世紀初めから全聖職者に独身制を要求した。仏教と同じくこの独身制にも事実婚までを容認する傾向が強かったが、11~12世紀に聖職者の結婚を無効とする宣言が繰り返され、近世以降のローマ教会の独身制が確立した。宗教改革期のプロテスタント運動は独身制に対して批判的だったが、ローマ教会がこの制度を守り抜いたこともあり、のちにプロテスタント諸派もしだいに独身主義を認める方向に向かった。

[佐々木明]

『ピオ12世著、聖パウロ女子修道会訳『サクラ・ヴィルジニタス』(1965・中央出版社)』

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