改訂新版 世界大百科事典 「狭野茅上娘子」の意味・わかりやすい解説
狭野茅上娘子 (さののちがみのおとめ)
《万葉集》第4期(733-759)の歌人。生没年不詳。狭野弟上娘子(さののおとがみのおとめ)と伝える本もある。《万葉集》の目録によれば蔵部の女嬬(によじゆ)であったというが,後宮蔵司の下級女官か。中臣宅守(なかとみのやかもり)の妻となったとき,宅守が勅断されて越前に流され,離別して暮らす二人の間で贈答した63首が巻十五に収められている。そのうちの娘子の23首以外には,娘子に関して伝えるところはない。従来,宅守流罪の原因が娘子をめとったことにあると考えられてきたが,不明。別れに臨んで作った〈君が行く道の長手を繰(く)り畳(たた)ね焼き滅ぼさむ天の火もがも〉は,万葉随一の情熱の歌として膾炙(かいしや)され,また宅守が大赦に漏れたときの〈帰りける人来(きた)れりと言ひしかばほとほと死にき君かと思ひて〉といった心情の機微に触れての自在な表現など,二人の悲恋歌群は,娘子のすぐれた数々の歌によって,その文芸的価値が高められているといえよう。
執筆者:青木 生子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報