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玉音放送 ギョクオンホウソウ

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デジタル大辞泉の解説

ぎょくおん‐ほうそう〔‐ハウソウ〕【玉音放送】

昭和20年(1945)8月15日正午、天皇が終戦の詔書を読んだラジオ放送

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

玉音放送

日本放送協会(NHK)が、1945(昭和20)年8月15日正午からラジオで放送した、昭和天皇による戦争終結宣言。「玉音」は天皇の肉声を意味する。「非常の措置を以(もっ)て時局を収拾せむ」と、ポツダム宣言の受諾と終戦を伝えた。この放送で、多くの国民が日本の敗戦を知った。

(2008-08-16 朝日新聞 朝刊 長野東北 1地方)

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百科事典マイペディアの解説

玉音放送【ぎょくおんほうそう】

1945年8月15日正午に行われた,太平洋戦争終結の詔書のラジオ放送。前日の14日御前会議ポツダム宣言受諾が決定され,天皇自ら終結詔書の録音を行った。詔書は内閣書記官迫水(さこみず)久常から依頼された川田瑞穂(みずほ)が草案を作成,大東亜省顧問安岡正篤(まさひろ)が校閲した。
→関連項目昭和天皇

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世界大百科事典 第2版の解説

ぎょくおんほうそう【玉音放送】

1945年8月15日正午,天皇みずから太平洋戦争の終結を国民に告げるために,円盤録音によって行った終戦詔書のラジオ放送。この放送は,前日8月14日の御前会議において,天皇みずからの最後決定により実施となったもので,録音は同日深夜,宮内省の天皇の政務室で行われた。天皇の声を一般国民がラジオをとおして耳にしたのは,歴史上これが最初のことであった。この放送をめぐっては,日本の降伏に反対し終戦阻止を企てた近衛師団の反乱軍が,詔書放送の録音盤を奪取しようと宮内省に乱入した事件,さらに日本放送協会の会館の反乱軍による一時的占拠などの妨害があったが,放送は予定どおり行われた。

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大辞林 第三版の解説

ぎょくおんほうそう【玉音放送】

1945年(昭和20)8月15日、昭和天皇みずからの声でラジオを通じて全国民に戦争終結の詔書を放送したこと。日本国民ははじめて天皇の肉声に接した。

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知恵蔵miniの解説

玉音放送

1945年8月15日正午に放送された、昭和天皇が自ら「終戦の詔(みことのり)」を読み上げて、第2次世界大戦での日本の降伏を国民に伝えたラジオ放送のこと。この音声は終戦前日の45年8月14日、宮内省庁舎(当時)で昭和天皇の肉声でレコード盤に録音され、翌日にこの録音が流された。この時のレコード盤の原盤6枚は「玉音盤」と呼ばれ、皇室の所蔵品である御物として宮内庁の倉庫で金庫に保管されている。2015年7月9日、宮内庁は、15年が戦後70年に当たることから「玉音盤」の原盤を同年8月にも音声と共に初めて公開する方針を決定した。

(2015-7-13)

出典|(株)朝日新聞出版発行
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

玉音放送
ぎょくおんほうそう

1945年(昭和20)8月15日正午から、昭和天皇自らが太平洋戦争終結の決定を国民に伝えるために行った録音放送。それまでは、天皇は神聖なものであるからラジオに出ることはなかった。この年7月26日に日本の無条件降伏を要求するポツダム宣言が出されたが、日本政府はこれを拒否した。8月6日広島市、9日長崎市に原爆が投下され、9日ソ連の参戦があって、14日の御前会議で天皇の決断によってポツダム宣言受諾が決定された。その席上、天皇は、国民に呼びかけるために自らマイクの前に立ってもよいと表明し、同日深夜宮中で、天皇がポツダム宣言受諾に関する詔書を読み上げて、2組の録音盤にとった。このとき陸軍将校の一部が降伏に反対して録音盤奪取、放送中止を謀って宮内省と放送会館を襲撃する事件があったが、放送は無事行われ、ここに太平洋戦争は終結した。[田村穣生]

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世界大百科事典内の玉音放送の言及

【安岡正篤】より

…32年日本精神による政教の維新を唱えて国維会を結成,新官僚の本山と目された。戦時中,大東亜省顧問などを務め,終戦時の〈玉音放送〉の原案に朱を入れた。49年全国師友協会,58年右翼団体の連合組織新日本協議会などを創立し,岸信介,佐藤栄作を中心とする長栄会,蔣介石,三島由紀夫をはじめ,政財官界の指導者に影響を与えた。…

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