通貨によってではなく,企業の製品や食料品,住居などの現物またはそれにかわるもので支払われる賃金。トラック・システムtruck system(実物賃金制度)とも呼ばれ,資本主義発展の初期に広範に存在した。イギリスでは,ときに,雇主は賃金の全額を現物で支払ったり,雇主またはその仲間の経営するトミー・ショップtommy shopsと呼ばれた売店でのみ使用可能な金券で賃金の一部を支払った。同様の金券は日本でも山札や金札と呼ばれ,明治・大正期に鉱山や土建業の飯場で広くみられた。このような現物給与はしばしば大きな弊害をともなった。例えば現物給与として支給される生活必需品は往々にして質が悪く,しかも市場価格より高く計算されていた。また金券による購売価格は一般の2~3倍に及ぶことも珍しくなかったが,雇用を放棄しないかぎり,労働者は他の場所に買いに行けなかった。このように現物給与は労働者の賃金使用の自由を束縛するとともに,実質上賃金を切り下げ,また場合によっては労働者の移動の制限策ともなっていた。そこで,こうした賃金支払形態の撤廃が初期労働運動の目標の一つとなり,各国で法律による規制が加えられるに至った。イギリスでは1831年のトラック・アクトがよく知られている。日本では,第2次大戦前の工場法は施行令に簡単な規定を置くにすぎなかったが,敗戦後の現行労働基準法(1947制定)が24条で賃金の通貨払いの原則を定め,現物給与を禁止したのである。しかし同条は,法令もしくは労働協約に別段の定めがあるときは通貨以外のもので支払うこともできるとし,現物給与が労働者にとって有利な場合があることも認めている。敗戦直後の異常な物資不足とインフレの下で広がった現物給与のいくつかは,確かにこれにあたるといってよいが,例えば不況期に自社の売残り製品が現物給与として押し付けられる場合など,労働組合がその機能を十分果たしえていない日本の実情を考えると,この規定は,労働基準法の原則を台無しにする恐れなしとしない。
執筆者:上井 喜彦
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賃金を通貨で支給するかわりに、その一部または全部を当該企業の製品、その他の生活必需品、金券などで支払うもの。現品給与、実物給与、現物支払制などともよばれる。とくに、労働者が生産する製品を賃金の一部として支給することをトラック・システムtruck systemという。日本の労働基準法第24条は、賃金の通貨支払い原則を規定しているが、労働協約によって実物の評価額を定めることなどを条件に現物給与も認めている。資本主義初期の原生的労働関係下に、資本家による賃金減額、労働者の足止め策として広範に存在した。日本でも炭鉱業などで多くみられたが、現在は特別な場合を除いてほとんど存在しない。
[横山寿一]
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