労働組合と使用者または使用者団体との間に労働条件その他の労働関係に関して締結される協定(契約)。まれには団体協約ともいう。
労働協約も労働契約もともに両当事者の合意に基づいて成立する契約であるが,次のような相違がある。すなわち労働協約は労働組合という団体自体と使用者または使用者団体とを当事者(主体)として締結されるものであり,労働契約は個々の労働者と個々の使用者とを当事者として締結されるものである点において両者は区別される。したがって労働協約の場合,協約を締結した労働組合を協約当事者,その協約の適用を受ける個々の労働者を協約関与者とよぶ。
賃金・労働時間等の労働条件が,個々の労働者と使用者との間の労働契約によって決定されるときには,実際上は経済的弱者たる労働者は強者たる使用者が一方的に提示した契約条件をのまざるをえない立場に立たされる(ただし,労働基準法等によって最低基準が法定されている場合には一定の制限が使用者に課せられる)。また,このような一方的な契約条件の決定は,企業の規模が一定の大きさに達すると使用者による従業員就業規則の制定というかたちで画一的になされる。
このような弱い立場にある労働者が,よりよい労働条件の獲得・維持のため使用者と実質的にも対等の取引をしようと思えば,互いに団結することによって,一定の労働条件以下では使用者に労働力を売らないことを約し,結束して使用者と集団的交渉を行う以外に方法がない。その際,集団的交渉の背後に労働者団体がストライキ(労働力の集団的売惜しみ)等の争議手段を最終的な武器として保有できれば,当該交渉はより有効になされうる。憲法28条が,労働者に団結権,団体交渉権,団体行動権(争議権)を保障しているのは,上記のような労使関係秩序の形成過程を法律上認めたことにほかならない。
これを通常の労使対抗関係の展開過程に即して図式化すると,団体交渉→争議行為→団体交渉→労働協約の締結,ということになる。したがって,労働協約は団体交渉の結果であるとともに,労働協約の締結は団体交渉の目的でもある。このように,使用者が一方的に設定する就業規則が労働契約を支配するという状態から,近代的な労働組合主義の下に,労働協約が労働条件およびその他の労使関係を規整するにいたるという発展過程はこれを,〈就業規則から労働協約へ〉という標語をもっていい表すことができる。そして,現行労働法体系の下にあっても,労働協約は就業規則に優位することが認められている(労働基準法92条2項)。
以上のような背景をもって登場する労働協約の果たす基本的な機能は,労働組合と使用者との間,つまりいわゆる集団的労働関係を規整することである。とくに日本にみられる労働協約は,賃金・労働時間等の労働条件を規定するのみならず,使用者の指揮命令権や施設管理権と労働組合活動との調整条項など,使用者と労働組合との関係全般につき規定する傾向が顕著である。さらに,労働協約の機能をより具体的にいうならば,第1に,各労働者の労働条件基準を明確にするとともに,その水準化を図ることである。第2に,労働組合と使用者との間の紛争をいったん解決し,一定期間労使関係の平和・安定を保つということであり,労働協約が休戦協定あるいは平和協定とよばれるのはこのゆえである。
世界の労働協約史上最古の歴史を有するドイツにおける労働協約の起源は,1848年の三月革命直後にマインツ,ベルリン,ライプチヒなどで成立したドイツ印刷業の地方協約であるとされる。そしてそれらの地方で締結された協約はLohntarifまたはTarif(いずれも〈賃率〉の意)と題し,最低賃金,超過勤務手当および紛争調整規定を内容とするものであった。また,73年には最初の全国的標準労働協約が印刷業における労使団体間に締結されている。これに対し,イギリスにおいては機械,造船,建築,印刷業における熟練労働者たちが,相互の間で必要不可欠と考えられる一定の労働条件を維持すべきことをworking ruleとして申し合わせ,これを使用者に受け入れさせようと働きかけたことが,団体交渉したがって労働協約の起源とされており,このような形態の団体交渉の慣行は19世紀末に確立したといわれる。
日本の場合,第2次大戦前にはごく少数の労働協約しか存在せず,しかもそこでの主眼は労働組合の団結権,団体交渉権を使用者に認めさせるところにあったにすぎない。戦後の労働協約は,一般に労働組合の一方的権利の宣言に終始する内容のもの(〈権利宣言型労働協約〉と称される)から出発した。その後占領軍がモデルとして提示したアメリカ労働協約の特徴にならって,労働条件を詳細に記入することを労働省が指導するに至って,現在みられるような種々の内容を有する労働協約の基盤が形成された(〈アメリカ型労働協約〉。1948-49)。また,この時期には産業別労働協約が姿を消し,現在におけるような企業別労働協約が定着しはじめる。
ドイツ労働協約の歴史にその典型をみるように,労働協約は〈賃率契約Tarifvertrag〉として登場し,その後労働時間,休日,休暇,解雇等の労働諸条件にまで内容を拡大するに至る。これに対し,日本の労働協約は次のように多種多様な内容を含んでいる。
(1)労働条件条項 賃金,労働時間,休日,休暇,災害補償等狭義の労働条件に関するものである。ただし賃金協定は労働協約とは別個に定められる例も多い。また,労働時間等は協約に規定されず,就業規則が定める例も多数ある。日本の労働協約が現在なお必ずしも労働条件条項を完備していないのは,〈賃率契約〉として出現したのではないという前記のような発生史的理由による。(2)ショップ条項 日本の場合は〈従業員が労働組合に加入しないとき,組合を脱退しあるいは除名されたときは使用者は当該従業員を解雇するものとする〉旨のいわゆるユニオン・ショップ条項が置かれることがある(〈ショップ制〉の項参照)。ただし,むしろ〈……解雇することがある〉〈……取扱いについて労使が協議する〉などと定めるにとどまるとか,未加入者,脱退者,被除名者の取扱いについてはなんら規定がないといういわゆる〈尻抜けユニオン〉の例のほうが圧倒的に多く,したがって同条項は必ずしも強い効力を発揮しているとはいえない。また,非組合員が他の組合を結成している場合にはユニオン・ショップ条項はそれらの者には適用されないと解するのが判例・学説である。なお,ユニオン・ショップ条項とならんで,非組合員条項(会社の管理職等は組合員たりえないことを示す定め)とか,〈組合員はすべて会社の従業員でなければならない〉などのいわゆる逆締付(しめつけ)条項が置かれることが多い。(3)人事条項 従業員の採用,異動,賞罰,休職,解雇等労働者の待遇に関する定めの総称である。とくに人事協議(同意)約款が問題となる(〈協議約款〉の項参照)。(4)団体交渉に関する条項 とくに唯一交渉団体条項(使用者が労働協約を締結している特定の労働組合に対し,他の労働組合とは団体交渉をしないことを約定するもの)や第三者委任禁止条項(労働組合が使用者に対し,みずから保有する団交権限を第三者に委任しないことを約するもの)の有効性が問題とされる。前者については有効性を否定することに異論はみられないが,後者の有効性については見解が分かれている。(5)組合活動条項 労働組合専従員,就業時間中の組合活動,企業施設の利用に関する定め,組合費天引き(チェックオフ)に関する規定などが含まれ,日本の労働協約上かなりのウェイトを占める。(6)平和条項 これについては同項を参照されたい。(7)苦情処理手続条項 職場の労働者の不満を,末端の労使協議から漸次上位段階の労使協議にもちこんで解決を図ろうとする手続規定である(苦情処理)。(8)労働協約の自動更新条項・自動延長条項。
労働協約に対して,国家法がいかなる態度をとるかは国によって異なる。ドイツ,フランス等の大陸法系諸国では労働協約に特別の効力を認める。とくにドイツにおいては労働協約令(1918)1条が協約にいわゆる規範的効力(個々の労働契約を強行法的に規律する効力)を付与することを法定した。それに伴って,個々の労働組合員に効力を及ぼす協約条項群を規範的部分とし,それ以外の協約当事者間にのみ権利・義務を設定する(すなわち債務的効力を有するにすぎない)協約条項群を債務的部分と名づける方法が,学説上一般化した。
日本の労働組合法16条もドイツ労働協約令1条を継受して,〈労働条件その他の労働者の待遇に関する基準〉を定めた協約条項に規範的効力を法定し,あわせて学説は,ドイツの学説に従って,協約条項を規範的効力をもつ規範的部分(強行性・直律性の効果を生む)と債務的効力をもつ債務的部分(不履行の場合,契約違反の効果を生む)とに区別した。しかし,さらに新たに制度的(組織的)部分なる概念を設定し制度的効力として,規範的効力のうちの一部の効力を認めようとする見解も有力になりつつある。これに従えば,前記労働協約の内容のうち,(1)は規範的部分に属し,(2)(4)(5)(6)(8)は債務的部分であり,(3)(7)は制度的部分であると分類されることになろう。その他,平和義務の概念,有利原則(個々の労働者は協約条件より有利な場合に限り,協約とは異なる労働契約を締結しうる)の概念,余後効(規範的部分の協約条項は協約失効後も,他の新しい約定に代替されるまでは,引き続き効力を有する)の概念も,ドイツの学説や法律(1949年の労働協約法4条)に従ったかたちで日本の判例・学説上広く容認され,一般的拘束力(協約の効力は,一定の要件の下に未組織労働者にも拡張適用される)制度は,日本においても法定されている(労働組合法17条,18条)。
これに対し英米法系諸国においては労働協約に特別の効力を付与するという法制度は原則的に採用されていない。近時,労働法制上の紆余曲折のあったイギリスにおいても,1974年に至って結局は協約の規範的効力・債務的効力を否定し,アメリカのタフト=ハートリー法(1947)301条(a)項は債務的効力は法定したが(労働協約違反に対する損害賠償の訴えの容認),規範的効力については学説上もいまだ確固たる理論が確立されていない。
その他,規範的効力,一般的拘束力等の特別の法的効力が認められるためには,約定された事項を書面に作成して両当事者が記名・押印することを要する(労働組合法14条)。また,労働協約には3年をこえる有効期間の定めをすることができない(15条)とされている。
→労働組合 →労働契約
執筆者:中嶋 士元也
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
労働組合と使用者(またはその団体)との間で締結された、労働条件その他についての取決めをいう。
労働者は、個別に使用者と向かい合ったのではどうしても使用者のいうままの労働条件に従わざるをえない立場にある。また労働者同士が足の引っ張り合いをして労働条件を引き下げることも生じる。こうしたことを防ぐため、労働者は団結して労働組合を結成し、労働組合を通して使用者と労働条件などにつき交渉し取り決めるようになる。この団体交渉の結果、労働組合と使用者(またはその団体)との間で結ばれた取決めが労働協約である。労働者の労働条件は、当該労働者と使用者とが結んだ労働契約によって定められるのが原則であるが、労働組合が団結の力を背景に結んだ労働協約が存在する場合は後者が優先する。
労働協約は、労働者側に労働条件の向上と組合活動上の諸権利の確立をもたらすとともに、労働組合の組織強化・拡大にも役だつ。同時に使用者側にとっても、取り決められた事項に関して紛争を回避することができ、労使関係の安定がもたらされるとともに、労働協約が地域・職種単位で結ばれると使用者相互の競争条件が均一化されることにもなる。とりわけ、産業別、職種別の超企業的労働組合が支配的な諸外国においては、労働協約は産業・職種の労働条件の最低基準を定めることになり、その社会的機能は大きい。日本の場合は、一般に労働組合が企業別に組織されている関係で労働協約も企業単位で締結されている。このため労働協約が広く産業や職種の労働条件を規制する状態になっていない。また、同一企業内でも非正規従業員に適用されないとか、中小規模の企業での労働協約締結率がきわめて低いなどの問題が存在する。
[木下秀雄・吉田美喜夫]
労働協約の締結当事者は労働組合と使用者またはその団体である。特定独立行政法人および国有林野事業、ならびに地方公営企業の労働組合も労働協約を締結することができるが、国家公務員法、地方公務員法の適用を受ける労働組合は労働協約の締結を認められていない。労働組合という場合、連合団体や労働組合の支部・分会も含まれる。労働協約の形式は、書面に作成することが必要で、両当事者の署名または記名・押印によって発効するとされている(労働組合法14条)。協約に有効期間を定める必要はないが、これを定める場合は3年を超えることはできない(同法15条)。
[木下秀雄・吉田美喜夫]
労働協約は規範的効力と債務的効力を有する。企業内の法規範としての効力である規範的効力のなかでもっとも重要な内容は「不可変的効力」とよばれる。これは、労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分を無効にし、無効になった部分および労働契約に定めのない部分について労働協約の基準に従ってその内容を決定する効力(労働組合法16条)である。たとえば、労働協約で最低保障賃金月20万円と定めていた場合、個々の労働契約で15万円の賃金を定めていてもその部分は無効となり、少なくとも20万円の賃金が労働契約上の賃金となるのである。またこの協約の労働条件基準を決定する効力は就業規則の定めにも優越する(労働基準法92条)。労働者の解雇などの人事に関する条項ないし協定にも規範的効力が認められ、これに違反する人事の効力は否定される。なお、労働協約の基準より有利な労働条件を個別の労働契約で定めた場合については争いがある。「抜け駆け」を許さないほうが労働組合の団結を守るうえで正当であるとする説と、協約は最低基準を定めるにとどまり、これを上回る分については認められるとする説とが対立している。
労働協約の債務的効力とは、規範的効力のように当然に労働契約の一部を無効にしたり補充する効力ではなく、協約も一種の契約であるとして、遵守しない場合に協約当事者相互に債務不履行の責任が生じるような効力である。協約当事者が、協約存続中、協約で定めた事項について争ってはならないといういわゆる平和義務や、ユニオン・ショップ条項は債務的効力を有すると考えられ、これらの規定や義務に違反した場合は、損害賠償および協約の解除が可能となる。
[木下秀雄・吉田美喜夫]
労働協約の規範的効力が拡張され、協約締結組合の組合員ないし使用者以外の者を拘束する効力を「一般的拘束力」という。日本では、ある工場・事業場に常時使用されている同種の労働者の4分の3以上の者が一つの労働協約の適用を受けるようになったとき、当該工場・事業場に使用される他の同種の労働者にも当該労働協約が適用される(労働組合法17条)。また、一定地域の同種の労働者の大部分が一つの労働協約の適用を受けるに至ったときにも、協約当事者の申立てに基づき、労働委員会の決議と厚生労働大臣または知事の決定により当該地域における他の同種の労働者および使用者に当該労働協約が適用される(同法18条)。
[木下秀雄・吉田美喜夫]
『日本労働法学会編『現代労働法講座6 労働協約』(1981・総合労働研究所)』▽『青木宗也ほか編『労働判例大系14 労働協約・就業規則』(1991・労働旬報社)』▽『労働省労政局労働法規課編『よくわかる労働協約』(2000・労務行政研究所)』▽『日本労働法学会編『講座21世紀の労働法3 労働条件の決定と変更』(2000・有斐閣)』▽『厚生労働省政策統括官編『労働協約等の実態 現状分析から規定例まで』(2001・労務行政研究所)』▽『萱谷一郎著『労働協約論』(2002・信山社)』▽『古川景一・川口美貴著『労働協約と地域的拡張適用』(2011・信山社出版)』
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…これらの規定に違反して解雇を行った使用者は処罰される(119条1項)。 以上は,いずれも法令による解雇制限であるが,このほかにもいわゆる労使の自主法規たる就業規則や労働協約のなかにも解雇制限規定が置かれることがある。すなわち,就業規則には通常解雇と懲戒解雇を区別しつつ,それぞれについての解雇事由が列挙されているのが一般である。…
…このうち〈その他の団体行動をする権利〉が争議行為をする権利,すなわち争議権をさすと解されている。
[争議権の意義]
労働者は,賃金労働時間その他の労働条件を維持・改善し,その経済的地位の向上を図るために労働組合を結成またはこれに加入する権利(団結権)を保障され,使用者またはその団体と対等な立場で交渉しその結果を労働協約として締結する権利(団体交渉権)をもつ。しかし,団体交渉が不調に終わり合意に達しない場合,あるいは労働協約が遵守実行されない場合には,交渉の進展を求めて新たに合意するまで,すなわち新たな労働協約が締結されるまで,あるいは労働協約が完全に実行されるまで,労働組合または争議団は労働の提供を拒否することができる。…
…しかし一時的集団という組織的性格から,永久団体的な性格をもつ労働組合とまったく同様の法的保護を与えることが適当であるかどうか疑問とされている。争議団も団体交渉の結果を協定として締結することができるものの,労働組合法14条は労働協約締結能力を労働組合にだけ認めているので,争議団の協定は労働組合法上の労働協約としての効力をもたない。【渡辺 裕】。…
…使用者が対抗的にスト破りを導入したり,逆に労働者の就業を禁止するロックアウト(閉め出し)を行う場合もある。 労使が合意した労働条件は労働協約に盛り込まれ,労使双方を拘束する。労働組合はこの協約の履行を監視し,その適用や解釈について労使協議を行う。…
※「労働協約」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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