日本大百科全書(ニッポニカ)「労働協約」の解説
労働協約
ろうどうきょうやく
労働組合と使用者(またはその団体)との間で締結された、労働条件その他についての取決めをいう。
意義と機能
労働者は、個別に使用者と向かい合ったのではどうしても使用者のいうままの労働条件に従わざるをえない立場にある。また労働者同士が足の引っ張り合いをして労働条件を引き下げることも生じる。こうしたことを防ぐため、労働者は団結して労働組合を結成し、労働組合を通して使用者と労働条件などにつき交渉し取り決めるようになる。この団体交渉の結果、労働組合と使用者(またはその団体)との間で結ばれた取決めが労働協約である。労働者の労働条件は、当該労働者と使用者とが結んだ労働契約によって定められるのが原則であるが、労働組合が団結の力を背景に結んだ労働協約が存在する場合は後者が優先する。
労働協約は、労働者側に労働条件の向上と組合活動上の諸権利の確立をもたらすとともに、労働組合の組織強化・拡大にも役だつ。同時に使用者側にとっても、取り決められた事項に関して紛争を回避することができ、労使関係の安定がもたらされるとともに、労働協約が地域・職種単位で結ばれると使用者相互の競争条件が均一化されることにもなる。とりわけ、産業別、職種別の超企業的労働組合が支配的な諸外国においては、労働協約は産業・職種の労働条件の最低基準を定めることになり、その社会的機能は大きい。日本の場合は、一般に労働組合が企業別に組織されている関係で労働協約も企業単位で締結されている。このため労働協約が広く産業や職種の労働条件を規制する状態になっていない。また、同一企業内でも非正規従業員に適用されないとか、中小規模の企業での労働協約締結率がきわめて低いなどの問題が存在する。
[木下秀雄・吉田美喜夫]
締結
労働協約の締結当事者は労働組合と使用者またはその団体である。特定独立行政法人および国有林野事業、ならびに地方公営企業の労働組合も労働協約を締結することができるが、国家公務員法、地方公務員法の適用を受ける労働組合は労働協約の締結を認められていない。労働組合という場合、連合団体や労働組合の支部・分会も含まれる。労働協約の形式は、書面に作成することが必要で、両当事者の署名または記名・押印によって発効するとされている(労働組合法14条)。協約に有効期間を定める必要はないが、これを定める場合は3年を超えることはできない(同法15条)。
[木下秀雄・吉田美喜夫]
効力
労働協約は規範的効力と債務的効力を有する。企業内の法規範としての効力である規範的効力のなかでもっとも重要な内容は「不可変的効力」とよばれる。これは、労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分を無効にし、無効になった部分および労働契約に定めのない部分について労働協約の基準に従ってその内容を決定する効力(労働組合法16条)である。たとえば、労働協約で最低保障賃金月20万円と定めていた場合、個々の労働契約で15万円の賃金を定めていてもその部分は無効となり、少なくとも20万円の賃金が労働契約上の賃金となるのである。またこの協約の労働条件基準を決定する効力は就業規則の定めにも優越する(労働基準法92条)。労働者の解雇などの人事に関する条項ないし協定にも規範的効力が認められ、これに違反する人事の効力は否定される。なお、労働協約の基準より有利な労働条件を個別の労働契約で定めた場合については争いがある。「抜け駆け」を許さないほうが労働組合の団結を守るうえで正当であるとする説と、協約は最低基準を定めるにとどまり、これを上回る分については認められるとする説とが対立している。
労働協約の債務的効力とは、規範的効力のように当然に労働契約の一部を無効にしたり補充する効力ではなく、協約も一種の契約であるとして、遵守しない場合に協約当事者相互に債務不履行の責任が生じるような効力である。協約当事者が、協約存続中、協約で定めた事項について争ってはならないといういわゆる平和義務や、ユニオン・ショップ条項は債務的効力を有すると考えられ、これらの規定や義務に違反した場合は、損害賠償および協約の解除が可能となる。
[木下秀雄・吉田美喜夫]
一般的拘束力
労働協約の規範的効力が拡張され、協約締結組合の組合員ないし使用者以外の者を拘束する効力を「一般的拘束力」という。日本では、ある工場・事業場に常時使用されている同種の労働者の4分の3以上の者が一つの労働協約の適用を受けるようになったとき、当該工場・事業場に使用される他の同種の労働者にも当該労働協約が適用される(労働組合法17条)。また、一定地域の同種の労働者の大部分が一つの労働協約の適用を受けるに至ったときにも、協約当事者の申立てに基づき、労働委員会の決議と厚生労働大臣または知事の決定により当該地域における他の同種の労働者および使用者に当該労働協約が適用される(同法18条)。
[木下秀雄・吉田美喜夫]
『日本労働法学会編『現代労働法講座6 労働協約』(1981・総合労働研究所)』▽『青木宗也ほか編『労働判例大系14 労働協約・就業規則』(1991・労働旬報社)』▽『労働省労政局労働法規課編『よくわかる労働協約』(2000・労務行政研究所)』▽『日本労働法学会編『講座21世紀の労働法3 労働条件の決定と変更』(2000・有斐閣)』▽『厚生労働省政策統括官編『労働協約等の実態 現状分析から規定例まで』(2001・労務行政研究所)』▽『萱谷一郎著『労働協約論』(2002・信山社)』▽『古川景一・川口美貴著『労働協約と地域的拡張適用』(2011・信山社出版)』