翻訳|Deuteronomy
旧約聖書の〈モーセ五書〉の一つ。約束の地カナンに入る直前,モアブの地でなされたモーセの最後の説教。表題のもととなったギリシア語訳《Deuteronomion》(〈第2の律法〉の意)は,〈律法の写し〉(17:18)の幸運な誤訳による。第1部導入部(1~11)は,シナイの歴史の回顧と律法と戒めへの従順のすすめで,物語(1~4)と勧告(5~11)の文体の二つからなる。第2部は律法の部分(12~26)と儀式の断片(27~28),第3部は最後のすすめ(29~30),さらに全体の結論としてモーセの死の伝承(31~34)が付け加わる。二人称の部分と三人称の部分が重なっているが,その背後には全イスラエルが一人の人間のごとく集まって神の律法を聞き,実行を誓ったシケムにおける年ごとの契約締結の儀式があったらしい(《ヨシュア記》24参照)。王国の成立とともに契約の祭儀はエルサレムのそれにとって代わられ,元来の儀式的枠から出て,イスラエル個人に呼びかける律法の教えとなった。
ヨシヤ王の18年(前622),神殿で発見されてその宗教改革の源となった文書は(《列王記》上22~23),改革による地方聖所の廃止とエルサレムへの祭儀集中化が《申命記》の要請と一致するので,《申命記》の原形であったとされる。おそらくモーセの遺産を永久に保存しようとした北王国のレビ人たちの間に生まれた《原申命記》は,北王国滅亡前,彼らによって南ユダにもたらされ,マナセの異教と迫害の時期に神殿に隠されたらしい。王国の制度とアッシリアの全体主義的勢力が部族の自由を脅かしたとき,彼らはイスラエルの選びに重要な意味を与えた。本書ではヤハウェは唯一であり,イスラエルはまったき恵みによって選ばれたこと,歴史はヤハウェ一人によって導かれること,それゆえ偶像礼拝を排し,心を尽くし力を尽くして彼を愛し彼に従わなければならないことが主張される。これが〈シェマ・イスラエル(聞け,イスラエル)〉(6:4)である。この神の民の形成のため一部契約法典(《出エジプト記》20~23)をとりあげ,新しいものを付加し,律法の順守の動機と報いとを強調し,新しい状況においてこの理想を掲げる。
執筆者:西村 俊昭
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
『旧約聖書』の初めにある「モーセ五書」の第5書。17章18に「この律法の写し」とあるのを、「第二の律法」Deutero-nomiumとギリシア語訳したところからこの書名が生まれた。日本語書名は、漢訳(申はふたたび、命は律法)を踏襲したもの。モーセがカナーンに入る直前に、モアブの平野でイスラエル人に律法を再度説き明かした訣別(けつべつ)説教の形をとっており、モーセの死が終わりに記されている。本書は、紀元前621年のヨシヤ王による改革の理念を示す書と考えられ、エルサレム神殿のみを残して地方の聖所を廃止し、異教的要素を排除した礼拝の純化と集中の方針などが盛り込まれている。「イスラエルよ聞け。あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくしてあなたの神、主を愛さなければならない」(6章4以下)の箇所は、古来ユダヤ教徒が毎日唱える聖句で「シェマー(聞け)」とよばれ、キリストも隣人愛とともにこれをもっとも重要な戒めとして教えている。5章には「十戒」がある。
[清重尚弘]
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