翻訳|Yahweh
旧約聖書の神の固有名詞の学問的呼称。ユダヤ教では神名を唱えるのを避け,聖四文字YHWHにそれと無関係の母音符号を付し,多くの場合〈アドナイ(主)〉と呼び,〈永遠のケレー(読み)〉と称した。エホバJehovahという呼称は,この習慣を忘れた16世紀以来のキリスト教会の誤読に基づく。ヤハウェ(あるいはヤーウェ)とは,言語学的には,セム語の〈生成する,である〉を意味する動詞ハーヤーと関係するが,歴史的には,南パレスティナの遊牧民集団シャースー(またはショースー)の残した文書に現れるYHWəとの関係が注目されている。ヤハウェの本来の意味は,《出エジプト記》3章14節に説かれており,〈有りて有るもの〉と訳されてきたが,それは永遠の不動の存在者を意味するものでも,創造者を意味するものでもなく,民と“ともにいます”在り方を説明すると解せられている。口語訳聖書では,これを〈主〉と訳している。
執筆者:左近 淑
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ヘブライ人の神。この神がモーセ以前からヘブライ人に知られていたか,本来ケニ人の祭る神であったか決定しがたいが,モーセによる出エジプトの事実をとおして創造者にして民族の神となった。ヤハウェはこの民族を契約の民とし,「ねたむ神」として他の神を拝むことを禁じた。ヘブライ人はこの神名を唱えることをはばかり,「アドナイ(主)」と呼んでいる。
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…他方,旧約聖書によると,民族の起源は,それより4,5世紀前に,ヘブライ人アブラハムがメソポタミア地方からカナンへ移住して来た事件に求められる。遊牧民アブラハムは,のちにイスラエルの神になったヤハウェから,彼の子孫にカナンの地を与えると約束された(〈アブラハム契約〉)。アブラハム,イサク,ヤコブの3代は族長と呼ばれる民族草創の父祖であるが,ヤコブを民族の直接の先祖とする伝承により,ヤコブの別名はイスラエル,その12人の子らはイスラエル12部族の名祖であったと説明される。…
…エール神は,神々の父祖として神々の集会の主,王者として〈二つの淵の源〉あるいは北の山に住み,人類の創造者,恵み深い父として,前2千年紀中葉まで,ウガリト神話などにも現れる。旧約聖書では《創世記》の父祖伝承や《詩篇》などに現れるが,多くは旧約聖書固有の神ヤハウェと同定され,その別名として用いられる。【左近 淑】。…
…旧約聖書で〈神〉を表す一般名詞として2250回用いられる。ヘブライ語のエール(神)の複数形で,死霊,護符,神々,形容詞最上級の代用としても用いられるが,大部分はヤハウェの代りに,この〈一(いつ)なる神〉を示すのに使われる。一神格に複数形を用いることについて,文法的には尊厳の複数あるいは拡張の複数として説明される。…
…彼らは季節的移動を生活様式とする半遊牧民として,特定の土地と結びつくヌーメン(神的存在)でなく,後代〈アブラハム,イサク,ヤコブの神〉と呼ばれるように,氏族の名祖の人格と結びついたヌーメンを尊崇した。モーセ宗教は,神名に従って〈ヤハウェ宗教〉ともいわれるが,歴史的には南パレスティナ,ミデアン地方のシャス族によって崇拝され,この遊牧民の移動に伴ってエジプトに入り,新王国期の身分変動によって下層労働者となった者たちが他の下層民とともに,モーセのカリスマ的指導によって脱出した際,奇跡的救済(出エジプト)を経験し,神の山(シナイ)においてこの歴史的救済の神と契約を結ぶ(シナイ契約,《出エジプト記》19~24)。ここに特定の〈一なる神〉に排他的な信頼と忠誠を尽くす宗教と,隣人の命・人格・名誉・財産など基本的権利を重んじる倫理とを不可分離的に統合する独特な生活形態が成立した(十誡)。…
…ウガリト神話は,主神エールやバアルが神々の集会を指揮して混沌の力と戦い,勝利を収めたことを語る。旧約聖書においても,ヤハウェは〈いくさびと〉あるいは〈万軍の主〉と呼ばれ,イスラエル人と外敵の戦いは〈ヤハウェの戦い〉とされる。また,敵に属するものはすべて神に〈献げられたものḥērem〉として,人であれ動物であれ全滅させることが聖戦の定めである。…
…いずれも,古代イスラエル王朝時代に,標準的散文体による公式記録の史書として製作されたとみなされる。原資料については,重複する用語,文体,テーマなどから,少なくとも3種類の資料,すなわち〈J資料(ヤハウェ資料)Jahwistic Source〉〈P資料(祭司資料)Priestly Source〉〈E資料(エロヒム資料)Elohistic Source〉が存在すると推定され,今日では,それが学界の定説となっている。いずれも伝承,口碑,聖伝からなると想定され,地理的には,パレスティナ北部および南部の聖所の起源に関する口伝の類に属するものが多い。…
※「ヤハウェ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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