発達精神病理学(読み)はったつせいしんびょうりがく(その他表記)developmental psychopathology

最新 心理学事典 「発達精神病理学」の解説

はったつせいしんびょうりがく
発達精神病理学
developmental psychopathology

精神障害や問題行動の出現,経過,回復,再発のプロセス発達科学的に扱う学際的アプローチを指す(Chicceti,D.,& Chohen,D.J.,2006;Cummings,E.M.et al.,2000;Sroufe,A.,2009)。精神病理発現や経過を発達に沿って見ていくことの必要性は,アンナ・フロイトFreud,A.の『Normality and Pathology in Childhood』(1965)や統合失調症の母親をもつ子どもたちの追跡研究(Garmezy,N.,& Streitman,S.,1974)などの古典的な精神医学的研究で認識されるようになっていたが,個人と環境とのダイナミックな時系列的相互作用の枠組み(発達のトランザクショナル・モデルtransactional model of development)による研究が本格化したのは1990年代に入ってからである。

 子どものことばやコミュニケーション,パーソナリティなどの発達に関する長期にわたる発達心理学的な縦断研究は20世紀後半に始まり,現在もいくつか継続している。多くの子どもたちを誕生時から追跡していくと,さまざまな年齢段階で,子どもたちに発現する多様な心の問題に遭遇する。幼少期に親から虐待的な養育を受けたというリスクからは,後年心の問題が顕著となって不適応に陥るケースもあれば,大きな問題には至らず健やかに生涯を送るケースもある(同一原因複数結果帰着性multi-finality)。同じような抑うつ的な状態に陥っている子どもたちがいたとしても,幼少時から思春期の抑うつに至る発達的道すじはひととおりではなく,いくつものパターンがあり得る(複数原因同一結果帰着性equi-finality)。こうしたさまざまな臨床的現象が生起するメカニズムを実証的に検討していくためには,発達心理学の枠組みや研究方法論だけでは足らず,精神医学や行動遺伝学,保育・教育学,社会学,社会福祉学など人間の成長や発達にかかわる関連領域との学問的融合が必要であるという認識が生じてきた。

 精神病理の発現やその状態変化には,個人の遺伝情報や脳神経システム,心理的特徴などの生物心理学的要因,身近な人びとのサポート関係や学校・職場などのミクロな環境要因,地域や社会制度,マスメディアなどのマクロな環境要因など多層にわたる多くの変数が相互に関連しながら影響する。発達精神病理学では,当該従属変数と独立変数だけではなく,両者の関係性に影響を及ぼす媒介変数mediatorや調整変数moderatorを組み込んだ仮説的なプロセスモデル(多変量時系列モデル)に沿って測定を行ない,予防や介入に役立つ知見を得ることを目的としている。また病理発現前のサンプルを一定期間追跡することによって,ある特定のリスク要因が結実して病理が発生するケースとリスクが回避され病理が発生しないケースの発達的道すじを比較し,リスクの回避に寄与する防御要因protective factorや回避を可能にする防御過程protective processを明らかにすることも重要な目的となる。標準的で適応的な発達(定型発達)と逸脱した不適応的な発達(非定型発達)は光と影のように一対のもので,両者を同時に検討することによってそれぞれの定義や理解が明確になる。発達精神病理学では,正常と異常のフルレンジの中で対象を把握し,「個人の生涯にわたる発達は,適応と不適応の連続の中にある」という観点からその変化のプロセスを科学的に検討する。 →発達支援 →発達心理学 →発達生態学 →フォローアップ研究
〔菅原 ますみ〕

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