発達生態学(読み)はったつせいたいがく(英語表記)ecology of human development

最新 心理学事典 「発達生態学」の解説

はったつせいたいがく
発達生態学
ecology of human development

人間の発達が個人を取り巻く環境によって影響を受けることは発達研究においては自明である。しかし,人間と環境との関連を具体的に分析するとなると,環境をどう定義するか,影響が及ぶ方向性をどう考えるのか,どのような行動レベルを分析するのかなどのさまざまな問題に直面する。これまでの人間発達の心理学研究では,客観的な科学的厳密性を求めるあまり,ともすると日常から切り離された実験室的状況の中で個人や個人を取り巻く状況が操作的に扱われることも少なくなかった。これに対してブロンフェンブレンナーBronfenbrenner,U.の『人間発達の生態学The Ecology of Human Developmant』(1979)は,発達を「人が環境を受け止める受け止め方や環境に対処する仕方の継続的な変化である」としながら,生物と環境の間の相互作用を扱う生態学の視点を取り入れた発達研究のパラダイムを発達生態学(人間発達の生態学)として提唱する。

【発達生態学の定義】 発達生態学は「積極的で成長しつつある人間と,そうした発達しつつある人間が生活している直接的な行動場面の変わりつつある特性との間の漸進的な相互調整についての科学的研究である。この過程は,これらの行動場面間の関係によって影響を受け,さらにそれら行動場面が組み込まれているもっと広範な文脈によって影響を受ける」と定義されている(Bronfenbrenner,1979)。この定義では三つの側面が重視される。第1は,発達しつつある人間のとらえ方で,環境から一方的に影響を受ける受け身的な存在ではなく,生活環境の中に漸進的に入り込み,再構成を図るようなダイナミックな実態として考えている。第2は,人間と環境との相互作用は相互に影響を及ぼし合う2方向的なもので,環境は人間に影響を及ぼしていると同時に人間からも影響を及ぼされるとしている。第3は,人間の発達過程に関連する環境の構造について,発達しつつある人に直接作用している行動場面だけに限定せず,個々の行動場面間の相互のかかわりから派生するような,さらに大きな外的環境を含む生態学的環境ecological environmentとしてとらえられている。生態学的環境は,ロシア人形のマトリョーシカのように同じ中心をもつ入れ子構造をしたシステムとして分析される。それぞれのシステムは,マイクロシステム,メゾシステム,エクソシステム,マクロシステムとよばれる。

【マイクロシステムmicrosystem】 入れ子構造のいちばん内側にあるレベルで,発達しつつある人を直接包み込んでいる行動場面はマイクロシステムとよばれ,次のように定義される。「それぞれに特有の物理的,実質的特徴をもっている具体的な行動場面において,発達しつつある人が経験する活動,役割,対人関係パターン」。家庭,保育園,遊び場等の対面的相互作用が容易に展開される行動場面である。ここで経験という用語は,客観的な環境の特徴だけでなく,その環境にいる人が認知した特徴も含ませるために用いられている。行動と発達にとって大切なのは,「客観的な」現実の中に存在する環境ではなく,認知された環境であるという命題が背景にある。

【メゾシステムmesosystem】 第2のレベルは「発達しつつある人が積極的に参加している二つ以上の行動場面間に見られる相互関係」からなるシステムで,メゾシステムとよばれる。こうした行動場面間の相互関係が,個々の行動場面で生じている出来事と同じくらいに,発達に決定的な影響を及ぼすことが少なくない。子どもにとって家庭・学校・近所遊び仲間との間にある関係,おとなにとって家族・職場・社会生活との間にある関係がこれに相当する。実際に,低学年の子どもの読み能力は,その子がどのような教えを受けたかもさることながら,学校と家庭の間の相互関係のありようによっても左右されうる。

【エクソシステムexosystem】 第3のレベルは「発達しつつある人が積極的に直接参加していないが,その人が参加している行動場面で生ずる出来事に影響を及ぼしたり,影響されるような出来事が生ずるマイクロシステムやメゾシステムの外側にあるシステム」で,エクソシステムとよばれる。幼い子どもの場合,両親の職場,兄姉が通っている学級,両親の友人ネットワーク,地域の教育委員会等の活動が相当し,いずれも子どもに影響を及ぼしたり,子どもの状況によって影響が及ぼされる。現代の工業化した社会では,親の雇用条件が子どもの発達に影響を及ぼす最も強力な作用因ともなりうる。

【マクロシステムmacrosystem】 第4のレベルは「マイクロシステム,メゾシステム,エクソシステムの形態や内容の一貫性およびその背景にある信念体系イデオロギー」で示されるシステムで,マクロシステムとよばれる。発達しつつある人が生活している社会の下位文化や文化全体のレベルで存在しているシステムである。

 以上の四つのシステムに加えて1980年代になってからクロノシステムchronosystemが提起された。時間の要因を組み込んだシステムであり,生態学的移行ecological transitionと密接に関連し,さらに時代や世代間の変化をとらえるものである。生態学的移行は,「生態学的環境における人の位置が,役割や行動場面あるいは両者の変化によって変わるときに必然的に生ずる」とされ,人生周期的出来事が相当する。具体的には,赤ん坊の誕生,保育園や学校に入る,母親が就業する,家族が転居する,両親が離婚する(再婚する),親が転職する,家族のだれかが病気になる(回復する)などで,例外のない最終的な移行は死である。

【発達生態学における発達観】 環境の受け止め方や対処の仕方の継続的な変化を発達とする考え方は,「発達とは,人が自己の特性を見いだしたり,維持したり,変えたりする能力を成長させていくことと同様に,生態学的環境やそれとの関係についての概念を発展させるもの」という定義を導く。この定義の後半部分は,人間の発達と環境との関連が2方向的な相互影響性の特徴をもっていることを強調する。ブロンフェンブレンナーが対象とする子ども(人間)は,現実の社会の中で生活している生身の存在である。子どもは絶えず変化し,環境も変化している。子どもの発達は環境の変化の影響を受け,社会も子どもから影響を受けている。こうした関係は,公共政策と科学との関係にまで敷衍されて論じられる。両者を相互に補完的な関係とする以上に,機能的に統合することの重要性が強調される。生態学的環境をシステムとしてとらえ,マクロシステムやクロノシステムにまで拡大して論ずることの意義がここに見られる。

【生態学的妥当性ecological validity】 人間発達の心理学研究において,「科学的研究における参加者によって経験される環境が,研究者があらかじめ仮定したり想定した特性をどれほどもっているか」が生態学的妥当性である。研究は科学的厳格さを求めるあまり,日常の行動場面とは異質な子どもになじみのない人工的な状況(実験室)の中で行なわれることが少なくない。こうした研究において,どのような実験室的研究がなされるのか,その結果から何が論じられるのか,限られた場面での結果から場面を超えた一般化がなされていないか,実験場面について参加者が研究者と同じように認知していたかなどが生態学的妥当性の観点から問われなければならない。
〔福富 護〕

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