受胎から死に至るまでの生体の心身の形態や機能の成長・変化の過程、これに伴う行動の進化や体制化の様相、変化を支配する機制や条件などを解明し、発達法則を樹立しようと目ざす心理学の一分科。発生心理学とよばれることもある。児童心理学と相互に混用されることもあるが、発達心理学は1950年代以降世界的に広まっていった名称であり、両者の間にいくつかの対比を認めることができる。
[藤永 保]
第一に、児童心理学が児童の心性の究明に主眼を置き、その他の発達期はこれに役だつ限りでだけ問題とするのに対して、発達心理学は全生涯にわたる変化過程を対象とする。そこには、出生から成人までの上昇的変化過程ばかりでなく、常識的には発達とよばないような成人期以降の下降的変化過程も含まれる。成長や変化の解明に有効であれば、異常心理、比較文化、動物心理などの幅広い分野にもその関心は延長される。この点では、児童心理学は青年心理学や老年心理学などと並んで発達心理学の下位分野と位置づけるのが適切である。第二に、児童心理学は元来、児童の権利の擁護を目ざす科学的な児童研究の一支流として生まれたものであり、心理学よりはむしろ「児童」のほうに力点がかかっていた。これに対し、発達心理学は心理学の一分科として自らを位置づけている。第三に、児童心理学が児童期だけに重点を絞るのに対し、発達心理学はある規範に照らして各発達期の特徴を明らかにしようとするので、規範とすべき法則性の究明にあたる分野――成人の心理学という一般的法則性に対しても、各発達期と同等な関心を抱く。児童心理学がわかりやすい名称であるにもかかわらず、発達心理学という名称がしだいに多用され始めたのは、前記のような研究動向の変化を反映しているといってよい。
[藤永 保]
発達心理学の研究分野は、以上から推察されるように、多様な分け方が可能である。一つは、年代を追って乳児期、幼児期、児童期、青年期、成人期、老年期など各発達期を分け、その特色と相互関係を研究する縦割りの区分である。もう一つは、知覚、感情、言語、知能、人格などの各精神機能についてその発達の様相や関連を究明する横割りの区分である。そのほか、動物と人間との系統発生的比較とか、異なる文化型における思考様式の比較のような、別種の研究分野もある。これらは一見ばらばらのようにみえるけれども、総体として発達研究の最終目標を達成するため、それぞれの役割をもつ。
たとえば、言語発達の過程を年を追ってみていくと、まったく異なる言語社会においても、ほぼ2歳前後に50語くらいの単語を獲得し、二語文を話すようになる。どの言語社会においても初期発達の様相はかなり一様である。また、人間と近縁なチンパンジーにも話しことばの習得はきわめて困難である。これらは、言語が人間のもつ普遍的、生得的特質に根ざすという考え方に有利な資料となる。一方、言語発達と知的発達との関係をみてみると、一般的な知的発達がある段階に達しそれにふさわしい思考操作が生まれるとき、これを表現する言語体系が使用できるようになるという関連が認められる。こちらに重点を置けば、言語発達の一様性はむしろ知的発達の普遍性に基づくということになろう。こうして、最終的には、言語がどこから生まれどのように育つのか、逆にその遅れの原因は何にあるのか、回復の方法は、などの諸問題が明らかにされると期待される。
[藤永 保]
発達心理学の研究目標は、以上一つの具体例で示したように、ある精神機能の本質はどこに根ざしどのように発達するかの解明にあるから、研究方法もこの目標に適切なものが選ばれる。心理学の一般的方法である実験、観察、調査、統計的分析などの諸方法は当然発達研究にも適用されるが、特有なものとしては、双生児法、血縁法、養子研究、縦断的研究法、横断的研究法、コホート法などが場合に応じて用いられる。双生児法とは、一卵性双生児が遺伝、環境条件ともに等しいのに対して、二卵性では、環境条件は等しくとも遺伝的には兄弟姉妹と同程度の類似性をもつにすぎないことを利用して、両者の対(つい)の間の類似度を比較対照し、ある精神機能がどの程度遺伝または環境によるかを知ろうとするものである。この手法を、さまざまな血縁関係にある者同士の対に拡張したのが血縁法である。さらにこれを拡張した行動遺伝学という、発達心理学と遺伝学の境界領域が発展しつつある。養子研究は、養子のもつ特徴が実父母と養父母のどちらに似るかという点から、同じく遺伝、環境問題を解こうとする。縦断的研究法は、特定個体の発達過程を生後順を追って長期間にわたり追跡する方法であり、特異な個体に適用されるときは事例研究とよばれる。横断的研究法は、これに対して、いくつかの年代の被験者多数の平均値をつなぎ合わせることによって標準的発達過程を推定しようとする。また、いくつかの異なる世代集団(コホート)の発達過程を相互に対照することにより、時代環境の発達に及ぼす影響を推定する方法はコホート法とよばれる。たとえば、アメリカの研究資料では、従来、当然とされてきた高齢化に伴う知的衰退は、コホートにより程度の差が大きいことが知られたが、このコホート差は主として教育の普及度によるものと推定される。このことは、学校教育の充実が知的衰退を防ぐ一要因となることを示唆し、コホート法の独特な成果を示すものといえよう。
[藤永 保]
発達心理学は、1960年代以降急速に発展してきたが、それは源泉である児童心理学のもっていた実践的性格に加えて幅広い研究目標・方法を兼ね備えていたことに理由があろう。近年はまた、社会不安の増大によって、臨床心理学が「科学的癒(いや)し」を与えるものとして多くの人々の関心をひきつつあるが、その理論的支柱は、通常の実験心理学ではなく発達心理学にある。臨床心理学の始祖であるフロイト、ユング、カール・ロジャーズなどの人々は、みな自我や人格の発達過程の解明に関心をもち、この分野に大きな学問的貢献を果たした。こうした伝統から、20世紀の終りになって、発達心理学と臨床心理学の統合を目ざして発達臨床心理学や発達精神病理学などの新しい名称も散見されるに至った。精神的障害も身体的なものと同様、治療よりは予防が重要なことは論をまたない。実際、精神障害についても、たとえば、母親との離別のような初期環境における負の要因(リスク因子)と後の障害との関連を調べることによって、危険な要因や契機をみいだし、ひいては障害の予防に役だてようとする、いわゆるリスク研究なども本格的に行われるに至っている。発達心理学はこのように心理学の一分野にはとどまらず、一種の心理学方法論としての特徴をもっているため、1980年以降ではもっとも発達の目覚ましい心理学分野に位置づけられ、今後いっそうの展開が期待されている。
[藤永 保]
『T・G・R・バウアー著、鯨岡峻訳『ヒューマン・ディベロプメント』(1982・ミネルヴァ書房)』▽『塩見邦雄編『発達心理学総論――エイジングの心理学』(1986・ナカニシヤ出版)』▽『岡本夏木編著『認識とことばの発達心理学』(1988・ミネルヴァ書房)』▽『M・ニューマン・バーバラ、R・ニューマン・フィリップ著、福富護訳『新版 生涯発達心理学――エリクソンによる人間の一生とその可能性』(1988・川島書店)』▽『石井澄生・松田淳之介編著『発達心理学』(1988・ミネルヴァ書房)』▽『村田孝次著『生涯発達心理学の課題』(1989・培風館)』▽『村田孝次著『児童発達心理学』(1990・培風館)』▽『無藤隆・高橋恵子・田島信元編『発達心理学入門』1~2(1990・東京大学出版会)』▽『岡野恒也編著『比較発達心理学』(1992・ソフィア)』▽『村田孝次著『発達心理学史』(1992・培風館)』▽『大日向達子他著『日本女子大学家政学シリーズ 発達心理学』(1992・朝倉書店)』▽『堂野恵子著『人間の学習と発達――生涯発達の基礎論的展開』(1993・北大路書房)』▽『高橋道子他著『子どもの発達心理学』(1993・新曜社)』▽『東洋著『日本人のしつけと教育――発達の日米比較にもとづいて』(1994・東京大学出版会)』▽『村田孝次著『生涯発達心理学入門』(1994・培風館)』▽『伊藤隆二他著『人間の発達と臨床心理学5 成人期の臨床心理学』(1994・駿河台出版社)』▽『柏木恵子・高橋恵子編著『発達心理学とフェミニズム』(1995・ミネルヴァ書房)』▽『岩田純一他編『発達心理学事典』(1995・ミネルヴァ書房)』▽『柏木恵子他著『「発達心理学」への招待――こころの世界を開く30の扉』(1996・ミネルヴァ書房)』▽『藤掛永良編著、古河義他著『発達心理学』(1996・建帛社)』▽『子安増生著『生涯発達心理学のすすめ――人生の四季を考える』(1996・有斐閣)』▽『平井誠也編『発達心理学要論』(1997・北大路書房)』▽『倉戸ツギオ編著『育て、はぐくむ、かかわる――生涯発達心理学の視点から発達行動を探る』(1997・北大路書房)』▽『白井利明著『時間的展望の生涯発達心理学』(1997・勁草書房)』▽『ジョージ・バターワース、マーガレット・ハリス著、村井潤一監訳、小山正・神土陽子・松下淑訳『発達心理学の基本を学ぶ――人間発達の生物学的・文化的基盤』(1997・ミネルヴァ書房)』▽『新井邦二郎編著『図でわかる発達心理学』(1997・福村出版)』▽『鎌田文聡著『健常及びダウン症新生児の防御反射と定位反応の発達心理学的研究』(1998・風間書房)』▽『深津時吉他著『発達心理学――乳児期から児童期までの発達のすがたをとらえる』(1998・ブレーン出版)』▽『ジャン・ピアジェ著、滝沢武久訳『思考の心理学――発達心理学の6研究』(1999・みすず書房)』▽『桜井茂男・大川一郎編著『しっかり学べる発達心理学』(1999・福村出版)』▽『白佐俊憲著『発達心理学基礎テキスト――乳児期から青年期まで』(1999・山藤印刷出版部、川島書店発売)』▽『村井潤一他著『発達心理学――現代社会と子どもの発達を考える』(1999・培風館)』▽『今田寛・八木昭宏監修、山本利和編『発達心理学』(1999・培風館)』▽『市川伸一編著『43人が語る「心理学と社会」――21世紀の扉をひらく2 発達・学習・教育』(1999・ブレーン出版)』▽『モリーン・V・コックス著、子安増生訳『子どもの絵と心の発達』(1999・有斐閣)』▽『東洋・柏木恵子編『社会と家族の発達心理学』(1999・ミネルヴァ書房)』▽『岡本夏木・山上雅子編『意味の形成と発達――生涯発達心理学序説』(2000・ミネルヴァ書房)』▽『中島義明編『現代心理学理論事典』(2001・朝倉書店)』▽『永野重史著『シリーズ人間の発達8 発達とはなにか』(2001・東京大学出版会)』▽『下山晴彦・丹野義彦著『講座 臨床心理学5 発達臨床心理学』(2001・東京大学出版会)』▽『杉原一昭監修『発達臨床心理学の最前線』(2001・教育出版)』▽『長崎勤他編著『シリーズ臨床発達心理学1 臨床発達心理学概論――発達支援の理論と実際』(2002・ミネルヴァ書房)』▽『古川聡・福田由紀編著『発達心理学――これからの保育を考える』(2002・丸善)』▽『陳省仁他編著『子育ての発達心理学』(2003・同文書院)』▽『平山諭・鈴木隆男編著『ライフサイクルからみた発達の基礎』(2003・ミネルヴァ書房)』▽『清野博子著『最新現場報告 子育ての発達心理学――育つ育てられる親と子』(講談社+α文庫)』▽『藤永保著『発達の心理学』(岩波新書)』
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