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白帝城 はくていじょうBai-di-cheng; Pai-ti-ch`êng

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

白帝城
はくていじょう
Bai-di-cheng; Pai-ti-ch`êng

中国,チョンチン (重慶) 直轄市,奉節県の東に位置する町。チャン (長) 江三峡の1つチュイタン (瞿塘) 峡にのぞむ景勝の地で,地名は,前漢末にこの地に拠った公孫述が,井中より白竜を得たという伝説に由来するといわれ,また一説では,公孫述が,みずから白帝と称したことによるともいわれる。四川平野東部の咽喉部を扼する要害の地であるため,古くから軍事上の要地として重視され,三国時代にはがここに築城したが,呉の勢力に敗れた。また,李白や,杜甫の詩によっても知られる。

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百科事典マイペディアの解説

白帝城【はくていじょう】

中国,四川省東部,湖南省界に近い地名。揚子江北岸に臨む。前漢のとき,公孫述〔?-36年〕が城を築き,白帝城と名付けたことによる。三国時代蜀と呉の激戦地。李白の〈早発白帝城〉の詩で有名な景勝地。

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世界大百科事典 第2版の解説

はくていじょう【白帝城 Bái dì chéng】

中国,四川省の東,湖北省界に近い地名。王莽(おうもう)のとき,この地の井戸から白竜の出るのを見,公孫述(?‐36)が漢の土徳をつぐと称して白帝を名のり,城を築いたのが始まりという。三国蜀の劉備は,呉を討つためみずから遠征したが,敗れて白帝城に退き名を永安と改め,この地で没した。近くに孔明八陣図の跡もある。またいわゆる蜀の三峡の西の入口である瞿唐峡(くとうきよう)がすぐ東にある。李白や杜甫の詩にも歌われている。

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大辞林 第三版の解説

はくていじょう【白帝城】

中国四川省東部、長江中流北岸にあった城。三国時代に蜀しよくの劉備が諸葛亮しよかつりように後事を託して没した所。
愛知県犬山市にある犬山城の別名。

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日本の城がわかる事典の解説

はくていじょう【白帝城】

⇒犬山城(いぬやまじょう)

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