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百武兼行 ひゃくたけかねゆき

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

百武兼行
ひゃくたけかねゆき

[生]天保13(1842).6.7. 佐賀
[没]1884.12.21. 佐賀
外交官,洋画家。外交官として明治4 (1871) 年岩倉具視大使に随行して渡欧,さらに 1874年旧藩主鍋島直大イギリス留学に従ってロンドンにおもむき,公務のかたわら油絵を学ぶ。 78年頃パリへ移り,L.ボンナについて油彩画技法を修得。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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百科事典マイペディアの解説

百武兼行【ひゃくたけかねゆき】

外交官,洋画家。佐賀生れ。1875年旧藩主鍋島直大に随行してロンドンにいき,洋画を学ぶ。滞在中ローヤル・アカデミーに和服の西洋婦人を出品して好評を得た。のちパリで官学派のレオン・ボナに師事。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

百武兼行 ひゃくたけ-かねゆき

1842-1884 明治時代の洋画家,官僚。
天保(てんぽう)13年6月7日生まれ。鍋島直大(なべしま-なおひろ)の側近としてロンドン,パリに随行し,経済学や油絵をまなぶ。明治13年イタリア公使となった直大にしたがってローマに赴任,外務書記官をつとめるかたわらC.マッカーリに師事。帰国後は農商務省に勤務した。明治17年12月21日死去。43歳。肥前佐賀出身。作品に「ブルガリアの女」「臥(が)裸婦」など。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

百武兼行

没年:明治17.12.21(1884)
生年:天保13.6.7(1842.7.14)
明治期の洋画家。佐賀生まれ。最後の佐賀藩主鍋島直大の側近として終生仕えた。明治4(1871)年直大の渡英に随行,ロンドンでリチャードソンに油絵を学び,11年から翌年にかけてはパリでレオン・ボナに師事した。13年駐伊公使となった直大に従いローマへ赴き,外務書記官としての公務のかたわら,チェザーレ・マッカリに画技を学ぶ。15年帰国後,農商務省に出仕したが病を得て帰郷,郷里で没した。風景画に「バーナード城」,人物画に「マンドリンを持つ少女」,歴史画に「ピエトロ,ミッカ図」がある。

(三輪英夫)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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