皇竜寺址(読み)こうりゅうじし(英語表記)Hwangryong sa-ji

改訂新版 世界大百科事典 「皇竜寺址」の意味・わかりやすい解説

皇竜寺址 (こうりゅうじし)
Hwangryong sa-ji

韓国,慶尚北道慶州市九黄洞にある新羅最大の寺院遺跡。真興王14年(553)に造立が始まり,善徳王13年(644)に完成した。国家の尊崇が厚く,金堂丈六仏と九層木塔は,真平王の玉帯とともに新羅三宝に数えられた。高麗朝にも隆盛を維持したが,1238年に蒙古軍の兵火によって焼失し,再建されることなく今日に至っている。1976年以来の数次にわたる大規模な発掘調査によって創建伽藍は一塔一金堂式(四天王寺式)で,統一新羅時代に3金堂を並置した一塔三金堂式伽藍に変わったことが明らかになった。また塔心礎下からは銅鏡,玉,垂飾,白磁壺などの埋納物のほか,2万点を超す遺物が出土している。新羅初期の伽藍配置には百済系の一塔一金堂式が多く,統一期になると独自の双塔式が盛行し,日本薬師寺はこの影響を受けているが,平壌清岩里廃寺や日本の飛鳥寺で知られる高句麗系の一塔三金堂式は新羅には例がなく,古代寺院伽藍変遷史上特筆されることであろう。

 また九層塔は《三国遺事》に国家鎮護を目的として,第1層は日本,第2層は中華以下,呉越,托羅,鷹遊,靺鞨(まつかつ),丹国,女狄,濊貊(わいばく)の九敵に備えたとあり,塔建立後新羅の統一がかなったとの所伝とともに本寺の護国仏教的な性格を伝えるものであろう。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「皇竜寺址」の意味・わかりやすい解説

皇竜寺址
こうりゅうじし
Hwangryong-sa-ji

韓国,慶尚北道慶州市九黄洞にある古新羅時代の寺址。真興王 14 (553) 年に発願され,完成まで 80年以上を費やした新羅第1の国刹で,皇竜寺式と呼ばれる三金堂を一面に並べた四天王寺式伽藍様式。塔や金堂の礎石,仏座石などが現存する。本尊丈六『釈迦三尊像』は同 35年に鋳造されたが,金堂は真平王5 (583) 年,九層塔は善徳女王5 (636) 年に完成。『釈迦三尊像』と木造九層塔は,真興王の聖帯とともに新羅の三宝として尊ばれたが,高麗の高宗 25 (1238) 年モンゴル軍の兵火にあい,塔心礎の舎利具を除き焼失した。 1976年から数次の発掘調査によって,創建当時は一塔一金堂式であったが,統一新羅時代に三金堂を配した一塔三金堂式に変ったことが明らかになった。同時代に高句麗系の様式が取入れられた珍しい例として注目されている。

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