コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

石川一郎 いしかわいちろう

3件 の用語解説(石川一郎の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

石川一郎
いしかわいちろう

[生]1885.11.5. 東京
[没]1970.1.20. 東京
経営者。 1909年東京大学工学部卒業。 41年日産化学社長。 42年化学工業統制会会長。 48年経団連の初代会長となり,56年まで,第2次世界大戦後の経済再建,復興期の財界のトップリーダーであった。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

石川一郎 いしかわ-いちろう

1885-1970 昭和時代の実業家。
明治18年11月5日生まれ。母校東京帝大の助教授をへて,大正4年父石川卯一郎の経営する関東酸曹にはいる。昭和16年後身の日産化学工業の社長。23年経団連初代会長となり,経済復興期の財界を指導した。原子力委員会委員,日本原子力船開発事業団初代理事長などを歴任。昭和45年1月20日死去。84歳。東京出身。
【格言など】一事業(業界)をひいきにしたら大変。国策的見地で,同時に成り立つことを考える

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

石川一郎
いしかわいちろう
(1885―1970)

財界人。東京に生まれる。1909年(明治42)東京帝国大学工科大学卒業後、一時同大学の助教授を経て、父の経営する化学工業会社の支配人となり、昭和初年には大日本人造肥料など諸化学工業会社を経営した。第二次世界大戦中は化学工業統制会会長。戦後、経済諸団体の組織化に努め、1948年(昭和23)経済団体連合会(現、日本経済団体連合会)初代会長に就任し、吉田茂(首相)、一万田尚登(いちまだひさと)(日銀総裁)との緊密な連携のもとで、日本の経済、産業の復興に指導的役割を果たした。1956年会長を退いてからは、原子力委員会委員。戦後復興の達成には「至誠」を理念とした石川のリーダーシップが大きい。[由井常彦]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の石川一郎の言及

【経済団体連合会】より

… 経団連の会長は〈財界総理〉ともいわれる。歴代会長は,石川一郎(元,日産化学社長。在任期間1948‐56),石坂泰三(元,東芝社長。…

※「石川一郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

石川一郎の関連キーワード水野利八江副孫右衛門大野一造川上嘉市木下茂(1)駒井徳三桜井俊記塚田公太野口栄三郎藤野七蔵

石川一郎の関連情報